ジェフ・マンシップ
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ツインズ時代(2012年6月21日) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | テキサス州サンアントニオ |
| 生年月日 | 1985年1月16日(40歳) |
| 身長 体重 |
6' 2" =約188 cm 210 lb =約95.3 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2006年 MLBドラフト14巡目(全体426位)でミネソタ・ツインズから指名 |
| 初出場 |
MLB/ 2009年8月15日 クリーブランド・インディアンス戦 KBO/ 2017年3月31日 ロッテ・ジャイアンツ戦 |
| 最終出場 |
MLB/2016年10月1日 カンザスシティ・ロイヤルズ戦 KBO/ 2017年9月29日 ネクセン・ヒーローズ戦 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ジェフリー・マイケル・マンシップ(Jeffrey Michael Manship, 1985年1月16日 - )は、アメリカ合衆国・テキサス州サンアントニオ出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。
プロ入り前
2003年のMLBドラフトでアリゾナ・ダイヤモンドバックスから50巡目(全体1479位)指名されたが、ノートルダム大学へ進学した。進学後の2004年2月11日に右肘の手術を行い、2005年からプレー。12試合に登板し、2勝1敗1セーブ・防御率3.97だった[1]。
ツインズ時代
2006年のMLBドラフトでミネソタ・ツインズから14巡目(全体426位)指名され[2][3]、8月8日に契約した[3]。この年は傘下のルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ツインズで2試合に登板し、8月12日にA+級フォートマイヤーズ・ミラクルへ昇格。4試合に登板し、防御率2.08だった[3]。
2007年はA級ベロイト・スナッパーズで13試合に登板。7勝1敗・防御率1.51と好投し、6月26日にA+級フォートマイヤーズへ昇格。13試合に登板し、8勝5敗・防御率3.15だった[3]。
2008年はA+級フォートマイヤーズで13試合に登板し、7勝3敗・防御率2.86だった。6月16日にAA級ニューブリテン・ロックキャッツへ昇格。14試合に登板し、3勝6敗・防御率4.46だった[3]。
2009年はAA級ニューブリテンで13試合に登板し、6勝4敗、防御率4.28だった[3]。6月24日にAAA級ロチェスター・レッドウイングスへ昇格。8試合に登板し、4勝2敗・防御率3.22だった。8月12日にツインズとメジャー契約を結び[2]、8月15日のクリーブランド・インディアンス戦でメジャーデビュー。5点ビハインドの9回表から登板し、1回を無安打無失点1四球に抑えた[4]。その後もリリーフとして登板していたが、9月1日のシカゴ・ホワイトソックス戦から先発に復帰。5度目の先発登板で、自身シーズン最後の登板となった10月2日のカンザスシティ・ロイヤルズ戦では、5.1回を投げ8安打4失点(自責点3)だったが、10得点の援護もあり、メジャー初勝利を挙げた[5]。この年は11試合に登板し、1勝1敗、防御率5.68だった[2]。
2010年3月21日にAAA級ロチェスターへ配属され、開幕を迎えた。4月30日にメジャーへ昇格した[2]。シーズン初登板となった5月1日のインディアンス戦では、先発として6回を5安打2失点と好投したが、5月4日にAAA級ロチェスターへ降格した[2]。5月18日にリリーフとして再昇格したが、5月21日にAAA級ロチェスターへ降格した。6月19日に再昇格したが、登板した2試合いずれも失点し、6月26日にAAA級ロチェスターへ降格、7月16日に再昇格し、7月21日に再びAAA級ロチェスターへ降格、8月12日にメジャーへ昇格した[2]。この年は13試合に登板し、2勝1敗・防御率5.28だった[2]。
2011年2月26日にツインズと1年契約に合意し[6]、開幕ロースター入りした。開幕後は5試合に登板したが、4月17日にAAA級ロチェスターへ降格した[7]。その後メジャーへ昇格することはなく、この年は5試合の登板にとどまった。
2012年3月27日にAAA級ロチェスターへ配属され、開幕を迎えた。5月27日にメジャーへ昇格、昇格後は8試合に登板したが、6月27日にAAA級ロチェスターへ降格した[2]。7月29日に再昇格し、8月15日にAAA級ロチェスターへ降格した[2]。この年は12試合に登板し、0勝0敗・防御率7.89だった[3]。オフの10月24日に40人枠を外れ、AAA級ロチェスターへ降格した[2]。11月3日にFAとなった[2]。
ロッキーズ時代
2012年11月17日にコロラド・ロッキーズとマイナー契約を結んだ[2]。
2013年は傘下のAAA級コロラドスプリングス・スカイソックスで24試合に登板し、6勝8敗・防御率4.85だった[3]。8月8日にロッキーズとメジャー契約を結んだ[2]。昇格後は11試合に登板し、0勝5敗・防御率7.04だった[2]。オフの10月16日に40人枠を外れ、AAA級コロラドスプリングスへ降格した[2]。10月19日にFAとなった[2]。
フィリーズ時代
2013年12月2日にフィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んだ[2]。
2014年3月29日にフィリーズとメジャー契約を結び、開幕ロースター入りした[2]。開幕後は20試合に登板したが、1勝2敗・防御率6.65[2]と結果を残せず、7月23日にDFAとなった[8]。7月25日に傘下のAAA級リーハイバレー・アイアンピッグスへ降格した。降格後はAAA級リーハイバレーで8試合に登板し、0勝1敗・防御率4.62だった[3]。
インディアンス時代
2014年12月30日にインディアンスとマイナー契約を結んだ[9]。
2015年6月18日にメジャー契約を結び、25人ロースター入りした[2]。メジャーでは投げるたびに好投し、最終的には32試合に投げて防御率0.92・WHIP0.76という驚異的な成績を残した。また同年、通算100試合登板に達した[2]。
2016年はキャリアハイの53試合に登板し (全てリリーフ) 、防御率3.12・2勝1敗という成績を記録[2]。前年ほどの成績ではなかったものの、リリーフ陣の1人として引き続き安定したピッチングを見せた。シーズン終了後、12月2日にフリーエージェントとなった[2]。
NCダイノス時代
2017年1月23日、韓国のNCダイノスと契約し同年は12勝を記録するも退団した。
NCダイノス退団後
2018年2月5日に、シンシナティ・レッズとマイナー契約を結んだ[10]が、身体上の問題で2月15日に契約を解除された[11]。