ジェレミー・ジェフレス

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生年月日 (1987-09-21) 1987年9月21日(38歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
195 lb =約88.5 kg
ジェレミー・ジェフレス
Jeremy Jeffress
ミルウォーキー・ブルワーズ時代
(2019年5月14日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 バージニア州ハリファックス郡サウスボストン英語版
生年月日 (1987-09-21) 1987年9月21日(38歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 MLBドラフト1巡目
初出場 2010年9月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジェレミー・ロス・ジェフレスJeremy Ross Jeffress, 1987年9月21日 - )は、アメリカ合衆国バージニア州ハリファックス郡サウスボストン英語版出身のプロ野球選手投手)。右投右打。愛称はジェイジェイJJ[1]

プロ入りとブルワーズ時代

アリゾナ秋季リーグ時代
(2008年10月21日)

2006年MLBドラフト1巡目(全体16位)でミルウォーキー・ブルワーズから指名され、155万ドルの契約金で入団[2]

2010年9月1日のシンシナティ・レッズ戦でメジャーデビューを果たした[3]

ロイヤルズ時代

カンザスシティ・ロイヤルズ時代
(2012年8月9日)

2010年12月18日にザック・グレインキーユニエスキー・ベタンコートとのトレードで、アルシデス・エスコバーロレンゾ・ケインジェイク・オドリッジと共にカンザスシティ・ロイヤルズへ移籍した[4]

2012年11月2日にDFAとなった。

ブルージェイズ時代

2012年11月8日にDFA後の10日以内の措置によって、金銭トレードでトロント・ブルージェイズへ移籍した[5]

2013年は開幕メジャー入りを果たしたが、開幕翌日の4月6日にDFAとなり[6]、4月16日にマイナー契約に切り替えて、A+級ダニーデン・ブルージェイズへ降格した。その後、5月4日にAAA級バッファロー・バイソンズに昇格すると、9月3日にはブルージェイズと再びメジャー契約を結んだ。

2014年は開幕ロースター入りしたが、4月4日にDFAとなった[7]。4月15日にAAA級バッファローへ降格した[8]後、16日にFAとなった。

ブルワーズ復帰

2014年4月18日に古巣のブルワーズとマイナー契約を結んだ[9]。契約後は傘下のAAA級ナッシュビル・サウンズで30試合に登板し、4勝1敗5セーブ、防御率1.51と好投。7月21日にブルワーズとメジャー契約を結んだ[10]。メジャーでは29試合にリリーフ登板し、防御率1.88・1勝1敗という圧巻の成績をマーク。ブルージェイズとの合算では、32試合の登板で防御率2.81だった。

2015年はリリーフ陣の中心的存在にのし上がり、72試合にリリーフ登板。5勝0敗、防御率2.65、WHIP1.27、奪三振率8.9という素晴らしい活躍を見せ、ブレイクを果たした。

2016年クローザーに抜擢され、47試合の登板で2勝2敗27セーブ、防御率2.22という好成績を記録していた。

レンジャーズ時代

テキサス・レンジャーズ時代
(2017年7月17日)

2016年7月31日にルイス・ブリンソンルイス・オルティーズ英語版、後日発表選手[注 1]とのトレードで、ジョナサン・ルクロイと共にテキサス・レンジャーズへ移籍した[12]。8月26日、ダラスで検問に引っ掛かり飲酒運転の容疑で逮捕されたが、保釈金を払って釈放された[13]。レンジャーズ加入後は12試合にリリーフ登板し、防御率2.70・1勝・WHIP1.28という成績を記録。ブルワーズとの合算では59試合の登板で防御率2.33・3勝2敗27セーブ・WHIP1.26という成績だった。なお、前述の通りレンジャーズではセーブを挙げなかったため、27セーブはナ・リーグ7位にランクインした。

2017年は移籍までに39試合に登板したが、1勝2敗、防御率5.31と不振であった。

2度目のブルワーズ復帰

2017年7月31日にテイラー・スコットとのトレードで、ブルワーズに復帰した[14]。移籍後は22試合に登板し、4勝0敗、防御率3.65とやや調子を立て直した。2チーム合算では61試合登板で5勝2敗、防御率4.68であった。

2018年は開幕から好調を維持し、自己最多となる73試合に登板。シーズン終盤はクローザーも務め、8勝1敗15セーブ・防御率1.29・WHIP0.99とキャリア最高のシーズンとなった。またこの年は奪三振能力が向上し、奪三振率が5年ぶりの9.0超となる10.4を記録した。

2019年9月1日にDFAとなり[15]、同日中に FAとなった[16]

カブス時代

2020年2月1日にシカゴ・カブスと85万ドルの単年契約を結んだ[17]。オフの10月28日にFAとなった[18]

ナショナルズ傘下時代

2021年2月26日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[19]。3月7日にFAとなった[19]

独立リーグ時代

2021年7月7日にアトランティックリーグレキシントン・レジェンズと契約した[20]。9月12日にFAとなった。

メキシカンリーグ時代

2022年3月18日にメキシカンリーグメキシコシティ・レッドデビルズと契約した[21]。7月11日にFAになった[19]

2025年7月1日にキンタナロー・タイガースと契約した[22]。7月5日にFAになった[23]

投球スタイル

最速164.2km/h、平均球速153km/hの豪速球投手。高い奪三振率の代わりに制球の悪さが大きな課題だったが、2014年以降は与四球率2点台と改善され、やや荒れ球ながら四球から崩れる事はほとんどなくなった。メジャーデビュー当初はフォーシームナックルカーブの2球種(ごく稀にシンカーも投げていた)を持ち球とし、大半が速球でゴリ押しするパワーピッチャーだったが、2013年からシンカーを基本球種に変更。2014年には平均球速144km/hほどのチェンジアップを習得すると、状況に応じてゴロを打たせるなど、投球スタイルに大幅な変化が見られた。2018年頃からはスプリッターも投げている[24][25]

薬物規定違反

2007年にマリファナの陽性反応で50試合の出場停止処分を受け、2009年には再度の陽性反応で100試合の出場停止処分を受けている。規定により、次にまた陽性反応を示した場合は永久追放処分となる[26]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2010 MIL 10000010001.0004210.080610810432.701.40
2011 KC 1400001110.5006715.112111001310884.701.50
2012 1300000000----7313.11901300131014106.752.40
2013 TOR 10000010001.0004310.1815001200110.871.26
2014 300000000----213.1803024004410.803.30
MIL 2900001106.50011428.22717202510661.881.19
'14計 3200001106.50013532.03511011291010102.811.41
2015 720000500231.00028568.06452253674222202.651.27
2016 47000022270.50019044.24521134350013112.221.25
TEX 12000010061.0005113.1100700730442.701.28
'16計 59000032276.60024158.05521834423017152.331.26
2017 3900001204.33318340.24981922293025245.311.67
MIL 22100040041.00011224.22421520223010103.651.58
'17計 6110005208.71429565.173103442516035344.681.64
2018 730000811518.88931776.24952741894012111.290.99
2019 48000034112.42922552.05451705461032295.021.37
2020 CHC 2200004183.8008823.110512121700541.540.94
MLB:11年 414100032125276.7271793424.13873117520193872221601453.081.32
  • 2020年度シーズン終了時

記録

背番号

  • 41(2010年 - 2012年)
  • 33(2013年 - 2014年途中)
  • 21(2014年途中 - 2016年途中)
  • 23(2016年途中 - 2017年7月30日)
  • 32(2017年8月2日 - 2019年)
  • 24(2020年)

脚注

関連項目

外部リンク

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