ジェームズ・レッグ
From Wikipedia, the free encyclopedia
1815年、アバディーンシャーのハントリーで生まれた。1839年にロンドン伝道協会の宣教師としてマラッカに派遣され、英華書院の校長に就任した。アヘン戦争後に英華書院および付属の印刷所とともに香港に移った。1844年に佑寧堂(Union Church)を創立した[1]。
レッグは王韜・黄勝らの助けも借りて中国の経典を英訳した。1867年に王韜をつれてスコットランドに帰国し、翻訳の作業を継続した。1870年に四書五経の翻訳が完了し、その功績によってアバディーン大学の文学博士の学位を得た。同年いったん香港に戻り、1873年に中国各地を旅行した後イギリスに帰国した。1875年にオックスフォード大学の中国学の初代教授に就任し、生涯その職にあった。