ジミー・キンメル
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1967年11月13日にニューヨーク市ブルックリン区にドイツ系の父とイタリア系の母の元に生まれる。母親は主婦で父親はIBMの重役だった。敬虔なカトリック教会を信仰する家庭で、キンメル自身も堂役を務めていた。キンメルが9歳の時に一家はラスベガスへ移住。地元の高校を卒業後、ネバダ大学ラスベガス校へ1年だけ在学してアリゾナ州立大学へ籍を移したが中退。高校在学時より、校内ラジオのホストを務めたことからエンターテイメントに興味を持ち始め、アリゾナ州のラジオ局のパーソナリティとしてキャリアをスタートさせる。全米各地のFM局でパーソナリティとしてキャリアを重ね、朝の番組などを担当した。パーソナリティ時代にはラジオ番組内に『Jimmy The Sports Guy』というコーナーも持ち、そのコーナーは5年続く人気を博した。
1997年、コメディ・セントラルで放送されていたベン・スタイン司会のクイズ番組、『Win Ben Stein's Money』に出演しテレビ界に進出。持ち前のコメディセンスなどが讃えられ、1999年にはスタインと共にデイタイム・エミー賞を受賞した。
2003年1月26日にABC製作による自身の冠番組『ジミー・キンメル・ライブ!』が放送開始され、司会者としての確固たる地位を築き上げた。同番組の開始当初は収録によるテレビ放映だったが、現在は生放送で放映されている。同番組内ではかつて日本から南原清隆やネプチューンらによるユニットはっぱ隊がゲスト出演した。
同番組では俳優のマット・デイモンがゲスト出演する度に互いを茶化しあう。有名な例としてはキンメル側がデイモンと同郷の俳優ベン・アフレックとの仲を、デイモン側は当時キンメルが付き合っていたサラ・シルバーマンとの仲を茶化すプロモーション・ビデオが制作され、互いのビデオには多数の著名俳優(ブラッド・ピット、ハリソン・フォードなど)が出演しており、アメリカ国内で話題となった。

自身の番組以外においても、ライバルのデヴィッド・レターマンやジェイ・レノのトークショーや『ファミリー・ガイ』や『ロボット・チキン』などといったテレビアニメにおける声のゲスト出演、本人役でいくつかの映画にも出演している。また、2012年・2016年・2020年にはエミー賞の司会、2017年[1]・2018年[2]・2023年・2024年にはアカデミー賞の司会を務めた。
2013年10月16日の『ジミー・キンメル・ライブ!』内で、キンメルの「米国が抱える中国に対する約1兆3000億ドルの借金問題を解決するにはどうすれば良いか」という質問に、アメリカ人である児童が「中国人を地球の片隅に集めて皆殺しにすれば良い」と答えたことが政治的な騒動に発展[3]。児童の答えにキンメルが「それは非常に面白い方法だ」と返したこともあり、10月30日にはロサンゼルスの中国系住民らがABCテレビのオフィス前でデモを展開し、キンメル本人が謝罪したものの、11月9日には在米中国人や中国系住民計数千人がロサンゼルスやニューヨーク、ワシントンなど全米27都市でデモを行った[4]。
第45代アメリカ合衆国大統領のドナルド・トランプに批判的で2017年に行われた第89回アカデミー賞ではトランプの政策を人種差別的だと批判。2024年に行われた第96回アカデミー賞では式典中にトランプがキンメルについて「最悪の司会者」とSNSに投稿したことに触れ、「まだ起きているとは驚いた。刑務所の就寝時間[5]が過ぎているのでは」と切り返した[6]。
2025年9月15日、『ジミー・キンメル・ライブ!』にてチャーリー・カーク銃撃事件について触れた際にドナルド・トランプの支持層であるMAGAが「事件から政治的利益を得るため、あらゆる手段を講じた」と皮肉る発言をした。この発言を受けて、連邦通信委員会(FCC)や一部のABC系列局を運営しているネクスター・メディア・グループなどが強く抗議したことから、ABCは同番組を無期限の放送休止にすることを同月17日に発表した[7][8]。この決定は物議を醸すこととなり、競合局の深夜トーク番組司会者を始め[9]、多数の著名人から批判を受ける事になった[10][11]。同月22日、ABCの親会社であるウォルト・ディズニー・カンパニーは同月23日から同番組の放送を再開することを発表した[12]。しかし、前述のネクスターやシンクレア・ブロードキャスト・グループが運営しているABC系列局では番組再開後も引き続き同番組の放送を行わないことを表明していたが[13]、同月26日放送分から両社が運営しているABC系列局でも同番組の放映を再開した[14][15]。
