ジム・パクソン
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| 引退 | |
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| ポジション | SG/PG |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1957年7月9日(67歳) |
| 出身地 | オハイオ州ケタリング |
| 身長(現役時) | 198cm (6 ft 6 in) |
| 体重(現役時) | 91kg (201 lb) |
| キャリア情報 | |
| 出身 | デイトン大学 |
| ドラフト | 1979年 12位 |
| 選手経歴 | |
| 1979-1988 1988-1990 |
ポートランド・トレイルブレイザーズ ボストン・セルティックス |
| 受賞歴 | |
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Stats Basketball-Reference.com | |
ジェームズ・ジョゼフ・パクソン (James Joseph Paxson、1957年7月9日 - ) は、アメリカ合衆国の元プロバスケットボール選手。身長198cm、体重91kg。ポジションはシューティングガード及びポイントガード。NBAのポートランド・トレイルブレイザーズでキャリアの大半を過ごし、オールスターに2度出場した。
父のジム・パクソン・シニア、弟のジョン・パクソンも元NBA選手である。
パクソンはオハイオ州ケタリングで生れ、父の母校でもあるデイトン大学に進学した。大学4年次には平均23.2得点をあげてオールアメリカ2ndチームに選ばれた。大学通算1,945得点は学校史上5位にランクされている。
1979年、パクソンはNBAドラフト全体12位でポートランド・トレイルブレイザーズに入団した。2年目から先発に定着し、マイカル・トンプソンらとともにチームの主力を担った。4年目の1982-83シーズンにキャリアハイの平均21.7得点を記録してオールスターに初出場した。翌1983-84シーズンも平均21.3得点で2年連続のオールスター選出を果たし、オールNBA2ndチームにも選ばれた。以降はクライド・ドレクスラーの台頭もあって成績が徐々に下降し、1987-88シーズン途中にボストン・セルティックスにトレードされた。セルティックスでは2シーズン半プレーし、1990年に現役を引退した。
NBAでの成績は、784試合の出場で通算11,199得点2,300アシスト(平均14.3得点2.9アシスト)であった。ブレイザーズで記録した通算10,003得点は球団史上7位の数字である。
引退後はブレイザーズ、次いでクリーブランド・キャバリアーズのフロントで働き、1999年から2005年までキャバリアーズのゼネラルマネージャーを務めた。在任中の2003年にはドラフトでレブロン・ジェームズを全体1位指名した。キャバリアーズはパクソンがゼネラルマネージャーの職にあった6年間で185勝307敗を記録した。