ジャスティン・マックスウェル

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 (1983-11-06) 1983年11月6日(42歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
220 lb =約99.8 kg
ジャスティン・マックスウェル
Justin Maxwell
サンフランシスコ・ジャイアンツ時代
(2015年6月3日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 メリーランド州オルニー
生年月日 (1983-11-06) 1983年11月6日(42歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2005年 MLBドラフト4巡目(全体114位)でワシントン・ナショナルズから指名
初出場 MLB/2007年9月5日 フロリダ・マーリンズ
KBO/2016年7月19日 起亜タイガース
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジャスティン・アダム・マックスウェルJustin Adam Maxwell , 1983年11月6日 - )は、 アメリカ合衆国メリーランド州オルニー出身のプロ野球選手外野手)。右投右打。

プロ入り前

2001年MLBドラフトボルチモア・オリオールズから43巡目(全体1279位)指名されたが、メリーランド大学カレッジパーク校へ進学した。

2004年MLBドラフトでもテキサス・レンジャーズから10巡目(全体291位)指名されたが拒否。

プロ入りとナショナルズ時代

ワシントン・ナショナルズ時代
(2009年3月3日)

2005年MLBドラフトワシントン・ナショナルズから4巡目(全体114位)指名され、10月1日に契約。

2007年9月5日フロリダ・マーリンズ戦で代打として出場し、メジャーデビューを果たした。11日の同カードでは、クリス・セドンからメジャー初安打となる代打満塁本塁打を放った[1]

2008年は手首の故障でメジャー出場なしに終わった。

2009年は2年ぶりにメジャーへ昇格したが、定着には至らなかった。

2010年は打率.144に終わり、オフの10月13日に左肘のトミー・ジョン手術を受けた[2]

ヤンキース傘下時代

2011年2月2日トレードで、ニューヨーク・ヤンキースへ移籍した[3]。肩の故障もあってメジャー昇格は出来ず、傘下のAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・ヤンキースで48試合に出場して打率.260・16本塁打・35打点・11盗塁だった。

2012年4月4日DFAとなった。

アストロズ時代

ヒューストン・アストロズ時代(2013年7月27日)

2012年4月8日ウェーバーヒューストン・アストロズへ移籍した[4]。2シーズンぶりのメジャー昇格を果たし、チーム最多の18本塁打を放った。

ロイヤルズ時代

カンザスシティ・ロイヤルズ時代
(2013年8月2日)

2013年7月31日カイル・スミスとのトレードで、カンザスシティ・ロイヤルズへ移籍[5]

2014年1月21日にロイヤルズと132万5000ドルの1年契約を結んだ[6][7]。開幕後は16試合に出場したが、打率.138と結果を残せず、5月16日にDFAとなり[8]5月23日に傘下のAAA級オマハ・ストームチェイサーズへ降格した。6月21日青木宣親故障者リスト入りしたため、メジャーへ再昇格した。昇格後は4試合に出場したが、6月30日に再びDFAとなり[9]7月9日にAAA級オマハへ降格した。オフにFAとなった。

ジャイアンツ時代

2014年11月24日サンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結んだ。

2015年3月31日にメジャー契約を結び、開幕25人枠入りした。開幕後は外野の準レギュラーとして出場機会に恵まれるも、9月1日にDFAとなり、5日に40人枠を外れる形で傘下のAAA級サクラメント・リバーキャッツへ配属された。

ジャイアンツ退団後

2015年11月25日、マイアミ・マーリンズとマイナー契約を結んだが、スプリングトレーニング終盤の2016年3月29日放出された。2016年4月1日に、ボストン・レッドソックスとマイナー契約を結び、傘下のAAAポータケット・レッドソックスに配属された。

ロッテ・ジャイアンツ時代

2016年7月6日、ドーピング違反により退団したジム・アドゥチの代役として、KBOロッテ・ジャイアンツと契約したが同年限りで退団。

詳細情報

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI