ジャマ・アリ・ジャマ
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| Jama Ali Jama جامع علي جامع | |
|---|---|
| プントランド大統領 | |
| 任期 2001年11月14日 – 2002年5月8日 | |
| 副大統領 | Ahmad Mahmud Gunle[1] |
| 前任者 | ユスフ・ハジ・ヌール |
| 後任者 | アブドゥラヒ・ユスフ |
| 個人情報 | |
| 生誕 | |
| 死没 | 2025年12月13日 |
ジャマ・アリ・ジャマ(Jama Ali Jama, ソマリ語: Jaamac Cali Jaamac, アラビア語: جامع علي جامع、生年不明 - 2025年12月13日?)はソマリ人の政治家で、プントランドの初代大統領アブドゥラヒ・ユスフを追放した軍閥に担がれて一時期プントランドの大統領を務めた。ユスフの反撃により大統領の職を追われるが、その後にソマリア暫定連邦政府の議員となった。
初期の経歴
クーデターでソマリア大統領となったモハメド・シアド・バーレは、隣国エチオピアのソマリ人居住区を併合するため、オガデン戦争を起こしてエチオピアに侵略した。この戦争は失敗し、ソマリア各地でバーレに対する反乱が起こった。ついにはバーレに対するクーデター未遂が発生し、バーレはマジェルテーン氏族によるものだとして、マジェルテーンの有力者を弾圧した。1979年2月、この弾圧から逃れたマジェルテーンが軍閥ソマリ救済民主戦線(SSF)を結成し、エチオピアの協力を得てバーレに対抗した。
SSFが反政府活動をするたびに、バーレはマジェルテーンの有力者を「SSFの同胞」として処罰した。ジャマも逮捕され、政治犯収容所に送られた。アムネスティ・インターナショナルはこれを権力者の政治弾圧と判断し、ジャマらを「良心的な囚人(prisoner of conscience)」と認定した[4]。