ジョスリン・アングロマ
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| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Jocelyn Angloma[1] | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1965年8月7日(60歳)[2] | |||||
| 出身地 |
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| 身長 | 179cm[2] | |||||
| 体重 | 71kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | DF (RB) | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 1978-1985 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1985-1987 |
| 37 | (1) | |||
| 1987-1990 |
| 92 | (13) | |||
| 1990-1991 |
| 36 | (6) | |||
| 1991-1994 |
| 85 | (3) | |||
| 1994-1996 |
| 60 | (7) | |||
| 1996-1997 |
| 30 | (1) | |||
| 1997-2002 |
| 120 | (5) | |||
| 2003-2007 |
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| 通算 | 460 | (36) | ||||
| 代表歴 | ||||||
| 1990-1996 |
| 37 | (1) | |||
| 2006-2007 |
| 14 | (4) | |||
| 監督歴 | ||||||
| 2009-2015 |
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| 2017- |
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
ジョスリン・アングロマ(Jocelyn Angloma, 1965年8月7日 - )は、フランス海外県グアドループ・レザビーム出身でフランス代表、またはグアドループ代表の元サッカー選手。現役時代のポジションはDF(右サイドバック)。現在はグアドループ代表の監督を務めている[3]。
フランスの海外県グアドループで生まれ育った彼は地元のチーム、エトワール・モルヌ・ア・ローのユースチームでサッカーを始めた[4]。フランスリーグのスタッド・レンヌでリーグ1デビュー、2シーズンで公式戦48試合に出場した[4]。1987年にLOSCリールに移籍し、3シーズンを103試合に出場し、13得点を記録した[4]。1990-91シーズンはパリ・サンジェルマンでプレーした。オリンピック・マルセイユのタピ会長が強く獲得を望み、1991-92シーズンにマルセイユに加入した[4]。このシーズンにリーグ制覇。翌1992-93シーズン、バジール・ボリ、マルセル・デサイーと強固なDF陣を形成し、ACミランを破ってUEFAチャンピオンズリーグを制した[4]。クラブが八百長による制裁で2部降格となると、1994-95シーズン、トリノに移籍した。アベディ・ペレと再びチームメートとなった。ネド・ソネッティ監督が就任して以降は、監督の戦術にはまり、良い活躍を見せた[4]。このシーズンの1月25日、トリノダービーのユヴェントス戦では決勝ゴールを決めた[4][5]。しかし翌シーズン、チームは年間16位となり、セリエB降格となった[4]。これにより1996-97シーズン、インテルナツィオナーレ・ミラノへと移籍、UEFAカップでは決勝に進出したが[4]、PK戦で敗れた。このシーズン、レギュラーとして年間46試合の公式戦に出場した[4]。
1997-98シーズン、バレンシアに加入し、そのシーズンはコパ・デルレイで優勝を果たした[4]。1998-99シーズンはスーペルコパ・デ・エスパーニャを制した[4]。1999-2000シーズン、UEFAチャンピオンズリーグ決勝に進出したが、決勝でレアル・マドリードに敗れ、2000-01シーズン、チャンピオンズリーグ決勝では、FCバイエルン・ミュンヘンに延長PKで敗れた。2001-02シーズン、出場機会は殆ど無かったが、リーグ優勝を果たし、現役を引退した[4]。
2006年にユース時代を過ごしたエトワール・モルヌ・ア・ローで復帰、その初シーズンを優勝で飾っている。
1990年10月13日、ユーロ予選のチェコ・スロバキア戦でフランス代表としてデビュー[4]。1992年、1996年度の欧州選手権にも出場した。通算37試合に出場した[4]。
2006年からはグアドループ代表としてもプレー(グアドループはFIFA未加盟のため、2カ国以上の代表としてプレーできないという規則が適用されないため)。翌年開催されたCONCACAFゴールドカップでは格上のカナダ、ホンジュラスを破り、ベスト4進出を果たした。