ジョナサン・ペティボーン
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フィラデルフィア・フィリーズ時代 (2013年4月22日) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | カリフォルニア州オレンジ郡ヨーバリンダ |
| 生年月日 | 1990年7月19日(34歳) |
| 身長 体重 |
6' 6" =約198.1 cm 225 lb =約102.1 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2008年 ドラフト3巡目(全体110位)でフィラデルフィア・フィリーズから指名 |
| 初出場 | 2013年4月22日 |
| 最終出場 | 2014年4月18日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ジョナサン・ハリー・ペティボーン(Jonathan Harry Pettibone, 1990年7月19日 - )は、アメリカ合衆国・カリフォルニア州オレンジ郡ヨーバリンダ出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。
プロ入りとフィリーズ時代
2008年、MLBドラフト3巡目(全体110位)でフィラデルフィア・フィリーズから指名され、8月11日に契約。ルーキー級ガルフ・コーストリーグ・フィリーズで1試合に登板し、0勝1敗、防御率0.00だった。
2009年はA-級ウィリアムズポート・クロスカッターズで9試合に登板し、2勝4敗、防御率5.35だった。
2010年はA級レイクウッド・ブルークロウズで24試合に登板し、8勝6敗、防御率3.49だった。
2011年はA+級クリアウォーター・スレッシャーズで27試合に登板し、10勝11敗、防御率2.96だった。
2012年はAA級レディング・フィリーズで19試合に登板し、9勝7敗、防御率3.30だった。7月にAAA級リーハイバレー・アイアンピッグスへ昇格。AAA級では7試合に登板し、4勝1敗、防御率2.55だった。オフの11月20日にフィリーズとメジャー契約を結び[1]、40人枠入りした。
2013年の開幕はAAA級リーハイバレーで迎え、3試合に登板後、4月22日にジョン・ラナンが故障者リスト入りしたためメジャーへ昇格し[2]、同日のピッツバーグ・パイレーツ戦でメジャーデビュー。5.1回を6安打2失点6奪三振に抑えたが、勝ち負けは付かなかった[3]。シーズン2試合目の登板となった4月27日のニューヨーク・メッツ戦では、5回を7安打3失点に抑え、メジャー初勝利を挙げた[4]。その後はローテーションに定着していたが、8月2日に右肩の故障で15日間の故障者リスト入りし[5]、8月25日に60日間の故障者リストへ異動[6]。そのままシーズンを終えた。この年は18試合に登板し、5勝4敗、防御率4.04だった。
2014年は右肩の故障もあったため、3月27日にAAA級リーハイバレーへ異動し、開幕をAAA級で迎えた。AAA級で1試合に登板後、4月12日にメジャーへ昇格。昇格後は2試合に登板したが、0勝1敗、防御率9.00と結果を残せず、4月18日にAAA級へ降格[7]。降格後はAAA級で4試合に登板したが、5月18日に右肩のSLAP損傷で7日間の故障者リスト入りした。6月17日に手術を行い[8]、残りのシーズンを欠場した。
2015年も開幕から15日間の故障者リストに入り4月28日には60日間の故障者リストに移された。7月には右肩の再手術が必要と診断され[9]、リハビリ登板もないまま10月7日に40人枠から外された[10]。オフの11月6日に自由契約となった。
カブス傘下時代
2016年1月28日にシカゴ・カブスとマイナー契約を結んだが、マイナーでも登板機会がないまま、4月19日に自由契約となった。
独立リーグ時代
2017年3月24日に独立リーグ・アトランティックリーグのニューブリテン・ビーズと契約した。23試合に先発して2勝8敗、防御率5.35という成績だった。
2018年は開幕から2試合に先発したが、1敗、防御率8.10という成績に終わり、5月10日に自由契約となった。