ジョン・メイヤー

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ジョン・メイヤーJohn Mayer1977年10月16日 - )は、アメリカ合衆国シンガーソングライターギタリストバークリー音楽大学中退。

ギタリストとしての評価は非常に高く、すでにエリック・クラプトンバディ・ガイB.B.キングなどの大御所ブルース・ギタリストとの共演を果たしている。米Rolling Stone誌の2007年2月号ではジョン・フルシアンテデレク・トラックスと共に「現代の三大ギタリスト(The New Guitar Gods)」に選定された[1]

略歴

音楽との出会い

ジョン・メイヤーは、1977年10月16日、コネチカット州ブリッジポートに生まれ、コネチカット州フェアフィールドで育つ[5]

8歳のときに、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、チャック・ベリーの「ジョニー・B.グッド」をマイケル・J・フォックスが演奏しているのを見て、ギターに興味を持つようになる。[6][7]。 そして、13歳のときに父親からギターを貸してもらう。また、近所の人からスティーヴィー・レイ・ヴォーンのアルバムが入ったカセットをもらい、ブルースに夢中になる[5]。大好きなスティーヴィー・レイ・ヴォーンに加え、ジミ・ヘンドリックススティングも聴くようになる[7]

2年間の練習を経て、16歳になったメイヤーは、地元である東海岸のバーなどで演奏するようになる[5][7]。ソロでの活動に加え、ビラノバ・ジャンクション(ジミ・ヘンドリックスの曲名として知られる)というバンドのメンバーでもあった[8]

17歳になったとき、彼は体調を崩し、数日間入院した。その出来事がきっかけで、作詞作曲に目覚め、病院から帰宅した夜に初めての歌詞を書いた[5]

高校を卒業後、彼はガソリンスタンドの店員として15か月間働く。そのお金で、1996スティーヴィー・レイヴォーン・シングネイチャー・ストラトキャスターを買い、今日まで使っている[6]。 

メジャー・デビュー以前

1996年、19歳のメイヤーはマサチューセッツ州ボストンにあるバークリー音楽大学に入学[9]。彼はクレイ・クックと友達になり、一緒に曲を書く。1998年、2学期を終える前に彼らは大学を中退し、クックの出身地であるアトランタへ行く[10]

彼らは、ローファイ・マスターズという2人組のバンドを結成し、エディズ・アティクというミュージック・バー(音楽を聴きながら食事ができる所)で演奏。それからすぐにメイヤーはポップへと志向が傾き、音楽の方向性に違いを感じるようになった2人はバンドを解散[11]

ソロ活動を始めたメイヤーは、1999年に『インサイド・ウォンツ・アウト』というEPアルバムを自主制作し発売[9]。このアルバムには、クックと共作した「ノー・サッチ・シング」、「ネオン」という曲も含まれる[12]。  

メジャー・デビュー

2000年3月、メイヤーはサウス・バイ・サウスウエスト(世界最大級の音楽国際見本市)に出演するためにテキサス州オースティンへ向かった[13]。彼の演奏はコロムビア・レコードの子会社であるアウェアー・レコードの目に止まり、契約を交わした[8]

2001年6月5日、アルバム『ルーム・フォー・スクエア』がアウェアー・レコードからリリースされた[14]。続いて行われたツアーが好評であることをうけ、2001年9月18日、コロムビア・レコードはメイヤーのメジャー・デビュー・アルバムとして『ルーム・フォー・スクエア』をリリースし直した[7]。そのアルバムのジャケットは新しいものとなり「3x5」が加えられた。また『インサイド・ウォンツ・アウト』から「ノー・サッチ・シング」(クレイ・クックと共作)、「バック・トゥ・ユー」、「マイ・スチゥーピッド・マウス」、「ネオン」(クックと共作)の4曲をスタジオ・バージョンとして録音しなおした[15]

2002年の春までにアメリカ・チャート「Billboard 200」の9位を獲得し、80週連続でランク・インした。アメリカのラジオ局ではメイヤーの初のシングルである「ノー・サッチ・シング」や「ユア・ボディ・イズ・ワンダーランド」、「ホワイ・ジョージア」が何度も流されていた。『ローリング・ストーン』誌では、注目すべき10人のアーティストの一人としてメイヤーの名前が挙げられた。彼はテレビや有名な雑誌で人気者となり、2002年に行われたコンサートの多くが完売となった[14][16][17]

2003年には「ユア・ボディ・イズ・ワンダーランド」というシングルで、グラミー賞のMale Pop Vocal Performance(男性ソロアーティストの優れた歌唱に贈られる)を受賞[15]。  

2014年10月、メイヤーはTwitter上でフェンダー社と決別したことを発表した。 「僕のシグネチャーストラトキャスターを買おうと考えているみんなへ。シグネチャーストラトキャスターはもう生産されることはなく、僕はもうフェンダーアーティストではありません」「フェンダーギターは大好きだし、これからも使い続けるけど、フェンダーという会社は僕が彼らと付き合い始めた時から変わってしまったんだ」と述べている。それ以降はポール・リード・スミス(PRS)のギターを使用している。PRSはオリジナルシェイプやギブソンライクな製品が中心で他アーティストのシグネイチャーモデルのデザインもそれをベースにしたものがほとんどだが、メイヤーのためにストラトシェイプのシグネイチャーモデル「Silver Sky」を制作している[18]

デッド&カンパニーへの参加

メイヤーが最初に聴いたグレイトフル・デッドの曲は「Althea」。2011年にストリーミング・サービス「Pandora」で聴いて衝撃を受けたという。[19]

2015年1月にプロデューサーのドン・ウォズの紹介で、ロサンゼルスのキャピトル・スタジオにてボブ・ウェアミッキー・ハートと初対面しデッド&カンパニー結成の話がスタートした。[19]

2015年2月、ホストを務めたCBSの『ザ・レイト・レイト・ショー』にボブ・ウェアをゲストに招き初共演を行った。[20]

2015年10月29日、ニューヨーク州オールバニの公演から、グレイトフル・デッドのオリジナル・メンバー3人と共にデッド&カンパニーの公演活動を開始している。

レコーディングスタジオの獲得

2024年末、メイヤーは「We Are The World(ウィー・アー・ザ・ワールド)1985年」の収録も行われたハリウッドの歴史的な複合施設、「ザ・マペッツ・スタジオ」をジム・ヘンソン・カンパニーから4500万ドル(約71億円)で購入することを公表。2025年にスタジオの所有権を正式に引き継いだ。メイヤーは同敷地内のレコーディングスタジオを所有、その他の施設を「ターミネーター4」の監督として知られるマックGが管理することとなった[21]

2026年には同スタジオ名を「チャップリン・スタジオ」という名前へ改名。1917年にチャーリー・チャップリンが設立した際の名称へ戻す形となった[22]

私生活

ラブレターを読むメイヤー(2010年)

女性関係

数々の女優と浮き名を流している。2002年に、ジェニファー・ラブ・ヒューイットと交際。「Room For Squares」収録の「Your Body Is A Wonderland」は、彼女についての曲だと世間では思われているが、この曲は彼女と出会う以前の2000年に書かれたものである。

2006年の夏からは、ジェシカ・シンプソンと9か月間交際。翌年5月に破局。 同年9月に女優のミンカ・ケリーとデートを開始するが、年内に別れる。

2008年4月から2009年3月まで、一時期別れたがジェニファー・アニストンと交際。

2009年の終わりから2010年2月まで、テイラー・スウィフトと交際。

2012年夏ごろからケイティ・ペリーと交際していた。2013年のアルバムではケイティと共演している。

2010年のプレイボーイ誌とのインタビューで、過去に交際した女性達の打ち明け話や人種差別的発言が物議を醸した。

趣味趣向

腕時計愛好家として知られており、世界的な時計ブログ「Hodinkee」にも度々登場している[23]

2020年12月8日には、ジョン・メイヤーが子ども時代に愛用していたカシオトーンをモデルにデザインしたG-SHOCKが限定発売された。「MusicRadar」によると、ジョンは時計メディアの「Hodinkee」とコラボし、1995年に発売された「Casio G-SHOCK 6900」をもとに、自身が子ども時代に愛用していたカシオのサンプリング・キーボード「SK-5」をモデルとしてG-SHOCKをデザインしたという。彼がデザインしたこの限定G-SHOCKは発売開始後8分で売り切れた[24]

また、ジョン・メイヤーは車好きとしても有名で、これまで実際に様々な車を所有、愛用している。

2020年には英国の自動車メーカー「ランドローバー」とのタイアップを行い、「John Mayer Goes Outside」と題したショートムービーを公開した。このムービーは、彼がランドローバー ディフェンダーに乗り、日常の喧騒から離れて自然の中へ向かう様子を描いている。ツアーや常に人とつながっている生活の中で、「一度外に出てリセットする必要がある」と感じた彼が、カリフォルニアの大自然へと向かい、ディフェンダーで未舗装の道や森の奥へと進みながら、静かな環境の中で自分自身と向き合う時間を過ごす。やがて森を抜けて海へとたどり着き、ギターを弾きながらリラックスすることで、心を取り戻していくという自然と調和するライフスタイルを映すストーリー仕立てになっている。[25]

親日家として

  • 1993年5月、高校生の頃に短期交換留学生として来日してからの大の親日家である[1]。2週間ほど向上高等学校に通っていた。
  • 神奈川県小田原市に住んでいたことがある。
  • バークリー音楽学校時代、日本出身のギタリスト・講師であるトモ藤田に師事していた。16週間、朝9時からのレッスン(主にオルタネイト・ピッキング、リズムなど)を1日も休まなかったとトモ藤田は回想している。今でも親交があり、シグネイチャー・ストラトキャスターを贈ったり、コンサートに招いたりしている。
  • 日本の文化が好きで、花札浮世絵にインスパイアされたタトゥーを両腕に彫っている。
  • 日本公演ではMCで日本語を披露している[1]
  • 単独で日本を訪問した際には、六本木のクラブでナイトライフを楽しんだり、京都で精神的な癒やしを得たり、有楽町のビックカメラで7時間以上過ごし「ビック、ビック、ビック、ビックカメラの歌が頭の中でエコーしてるんだ」と笑ったり、滞在1カ月目にブログで「まだまだ帰りたくないよ。帰りのチケットはオープンのままさ」と綴っていたほど日本を満喫していた。
  • 2011年に発売された、東北地方太平洋沖地震へのチャリティー・コンピレーション・アルバム『ソングス・フォー・ジャパン』に「ウェイティング・オン・ザ・ワールド・トゥ・チェンジ」を提供している。
  • 2023年12月にブルーノート東京でコンサートを行うために来日した際には、アメリカ合衆国時間での同年12月31日から2024年1月1日にかけてのCNNテレビの年越し番組『ニュー・イヤー's イブ・ライブ英語版』に東京・新宿区の猫バーから生出演したことが話題を集めた[26]

ディスコグラフィ

アルバム

タイトル アルバム詳細 チャート最高位 認定
US
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AUS
[28]
CAN
[29]
DEN
[30]
GER
[31]
IRL
[32]
NLD
[33]
NZ
[34]
UK
[35]
2001 ルーム・フォー・スクエア
Room for Squares
859556128
2003 ヘヴィアー・シングス
Heavier Things
  • 発売日: 2003年9月9日[42]
  • レーベル: Aware、Columbia
  • フォーマット: CD、LP、digital download
  • 全米売上: 300万枚[43]
14356072191574
  • US: 3× プラチナ[38]
  • AUS: 2× プラチナ[39]
  • CAN: プラチナ[40]
2006 コンティニュアム
Continuum
  • 発売日: 2006年9月12日[44]
  • レーベル: Aware、Columbia
  • フォーマット: CD、LP、digital download
  • 全米売上: 280万枚[45]
2122243912946
  • US: 4× プラチナ[38]
  • AUS: プラチナ[39]
  • CAN: プラチナ[40]
  • UK: ゴールド[41]
2009 バトル・スタディーズ
Battle Studies
  • 発売日: 2009年11月17日[46]
  • レーベル: Columbia
  • フォーマット: CD、LP、digital download
  • 全米売上: 110万枚[47]
1347394811135
  • US: 2× プラチナ[38]
  • AUS: プラチナ[48]
  • CAN: プラチナ[40]
2012 ボーン・アンド・レイズド
Born and Raised
  • 発売日: 2012年5月22日[49]
  • レーベル: Columbia
  • フォーマット: CD、LP、digital download
  • 全米売上: 57万枚[50]
11111714114
  • US: ゴールド[38]
  • UK: シルバー[41]
2013 パラダイス・バレー
Paradise Valley
  • 発売日: 2013年8月19日[51]
  • レーベル: Columbia
  • フォーマット: CD、LP、digital download
  • 全米売上: 35万枚[52]
2111177164
  • US: ゴールド[38]
  • CAN: ゴールド[40]
2017 ザ・サーチ・フォー・エヴリシング
The Search for Everything
  • 発売日: 2017年4月14日
  • レーベル: Columbia
  • フォーマット: CD、LP、digital download
  • 全米売上: 12万枚[53]
25210443041016
  • US: ゴールド[38]
  • CAN: ゴールド[40]
2021 ソブ・ロック
Sob Rock
  • 発売日: 2021年7月16日
  • レーベル: Columbia
  • フォーマット: CD、LP、digital download
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4

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"—"は未発売またはチャート圏外を意味する。


来日公演

2004年
2006年
2010年
2014年
2019年
  • 4月10日・11日 日本武道館(4月10日の公演にはエド・シーランが飛び入り参加した)
2023年

脚注

関連項目

外部リンク

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