ジョー・ファレル
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| ジョー・ファレル Joe Farrell | |
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ニューヨーク、ラッシュ・ライフにおけるジョー・ファレル。1985年撮影。 | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | Joseph Carl Firrantello |
| 生誕 | 1937年12月16日 |
| 出身地 |
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| 死没 | 1986年1月10日(48歳没) |
| ジャンル | ハード・バップ、フュージョン、ジャズ・ファンク |
| 職業 | ミュージシャン、作曲家、バンドリーダー |
| 担当楽器 | テナー・サクソフォーン、ソプラノ・サクソフォーン、オーボエ、フルート、イングリッシュホルン |
| 活動期間 | 1962年 - 1986年 |
| レーベル | CTI、Warner Bros.、Xanadu、Timeless |
ジョー・ファレル(Joe Farrell、本名:Joseph Carl Firrantello、1937年12月16日 - 1986年1月10日[1])は、アメリカ合衆国のジャズのテナー・サックス、ソプラノ・サックス、フルート奏者、作曲家。CTIレコードでリーダー・アルバムを録音し、チック・コリアのリターン・トゥ・フォーエヴァーの初期メンバーとして活動した。
ジョー・ファレルはアメリカ合衆国イリノイ州シカゴハイツ生まれ[2]。
1960年代には、サド・ジョーンズ / メル・ルイス・ジャズ・オーケストラで演奏していた。チャールズ・ミンガス、アンドリュー・ヒル、ジャッキー・バイアード、エルヴィン・ジョーンズと共に録音を行った。
ジョー・ファレルはフューズ・ワンで1980年の同名アルバムを発売し、ポップスのホール&オーツのアルバムにはオーボエ、ソプラノ・サックスで参加した。
アルバム『スリー・ウェイ・ミラー』でブラジル人パーカッション奏者アイアート・モレイラやその妻フローラ・プリム(Flora Purim)と共演し、CDジャケットのメッセージは「1987年のアルバムをジョー・ファレルへ捧げます」と記載され、ジョー・ファレルの最後の録音が収録されている。
ジョー・ファレルは、1986年1月10日、カリフォルニア州ロサンゼルスで骨癌により48歳で亡くなった[3]。
2008年、ジョー・ファレルの娘キャサリーン・フィランテッロ(Kathleen Firrantello)はジョー・ファレルが1974年に作曲した「Upon This Rock」を許可を得ず別の楽曲に使用したラッパーのカニエ・ウェスト、メソッド・マン、レッドマン、コモンを提訴し、少なくとも100万ドルの懲罰損害賠償、曲の更なる複製禁止の履行を求めた[4][5]。