スティームパケット

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スティームパケット
Steampacket
出身地 イングランドの旗 イングランド ロンドン
ジャンル ブルース
ソウル・ミュージック
活動期間 1965年 - 1966年
レーベル チャーリー・レコード
旧メンバー ロング・ジョン・ボルドリー
ロッド・スチュワート
ジュリー・ドリスコール
ブライアン・オーガー
ヴィック・ブリッグス
リッキー・フェンソン
ミッキー・ウォーラー

スティームパケットSteampacket、Steam Packetと表記されることもある)[1]は、1965年にロング・ジョン・ボルドリーとロッド・スチュワートジュリー・ドリスコール、オルガン奏者のブライアン・オーガーによって結成されたブリティッシュ・ブルース・バンド[2]である。

単独グループではない音楽的なレビューでは[3]、スティームパケットは、1965年にそれまで在籍したグループのフーチー・クーチー・メン (Hoochie Coochie Men)が解散した後に、ロング・ジョン・ボルドリーによって結成された[4]。バンドには、フーチー・クーチー・メンでボルドリーと一緒に在籍していたロッド・スチュワート、ボーカリストのジュリー・ドリスコール、オルガン奏者のブライアン・オーガー、ギタリストのヴィック・ブリッグスが含まれていた。彼らは過去にローリング・ストーンズヤードバーズと関係していたジョルジオ・ゴメルスキー[5]によってマネージメントされていた。

スティームパケットは、全国のさまざまなクラブ、劇場、学生組合で演奏し、その中には、1965年のイギリス・ツアーにおけるローリング・ストーンズのサポートも含まれていた[6][7]。ただ、契約上の困難があったため、スタジオやライブでアルバムを正式に録音することはなかった。マーキー・クラブでのリハーサルを録音したデモテープの各曲は、後にスチュワートの成功を活かすために『First of the Supergroups: Early Days and The First Supergroup: Steampacket Featuring Rod Stewart』という欺瞞的なタイトルでリリースされた[8][9]

その後の動向

スチュワートは1966年初頭にバンドを脱退し、数ヶ月後にロング・ジョン・ボルドリーが続き、それからすぐグループは解散した。その後、ロング・ジョン・ボルドリーは、キーボードで当時はまだ無名だったエルトン・ジョンを含むブルーソロジーに参加[10][11]、さらにソロ・キャリアを追求し、1967年に「Let the Heartaches Begin」により全英シングルチャートでナンバー1ヒットを記録している。ジュリー・ドリスコール、ブライアン・オーガー、ヴィック・ブリッグスはザ・トリニティーを結成し、ブリッグスは1966年後半になってエリック・バードン・アンド・ジ・アニマルズに参加するため脱退した。ジュリー・ドリスコールとブライアン・オーガーのザ・トリニティーは、1968年に「火の車 (This Wheel's on Fire)」がヒットした。ロッド・スチュワートはその後もジェフ・ベック・グループフェイセズ、そしてソロ・アーティストとして歌い続けた。ちなみにフリートウッド・マックピーター・グリーンミック・フリートウッドがスティームパケットで演奏したという都市伝説がある。実際のところ、スティームパケットは、ロッド・スチュワートの脱退を除くと、結成時から解散までずっと同じメンバーだった。グリーンとフリートウッドがロッド・スチュワートと一緒に演奏したグループはショットガン・エクスプレスである[12]

ラインナップ

ディスコグラフィ

アルバム

  • 『ファースト・スーパー・グループ』 - Rock Generation Volume 6 - The Steampacket (Or The First "Supergroup") (1970年)
  • The Steampacket Featuring Long John Baldry, Rod Stewart, Brian Auger & Julie Driscoll (1990年) ※1965年録音

参考文献

脚注

外部リンク

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