ストーカー (1979年の映画)
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| ストーカー | |
|---|---|
| Сталкер | |
| 監督 | アンドレイ・タルコフスキー |
| 脚本 |
アルカージー・ストルガツキー ボリス・ストルガツキー |
| 出演者 | アレクサンドル・カイダノフスキー |
| 音楽 | エドゥアルド・アルテミエフ |
| 撮影 | アレクサンドル・クニャジンスキー |
| 編集 | リュドミラ・フェイギノヴァ |
| 製作会社 | モスフィルム |
| 公開 |
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| 上映時間 | 164分 |
| 製作国 |
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| 言語 | ロシア語 |
『ストーカー』(ロシア語: Сталкер, 英語: Stalker)は、1979年に公開されたソビエト連邦のSF映画[1]。アンドレイ・タルコフスキー監督作品。原作はストルガツキー兄弟による小説『ストーカー』[2]。犯罪の「ストーカー」とは無関係で、この意味が定着する前に製作された。作中では「密かに獲物を追うハンター」くらいの意味で用いられている。
「ストーカー」と呼ばれる案内人が、2人の依頼者とともに「ゾーン」と呼ばれる謎の地帯を探検し、疲労困憊で帰宅するまでと、その前後の「ストーカー」の家庭生活を通じ、人間の本性や欲望、信仰・愛を通じての魂の救済が描かれる。
カンヌ映画祭でエキュメニカル審査員賞し、Rotten Tomatoesの支持率100%の映画のうちの1つでもある。
ある国。ある地域で「何か」(隕石が墜落したのではないか、と言及されるが、謎は明かされない)が起こり、政府はそこへ軍隊を送るが誰一人戻って来なかった。政府はそこを「ゾーン」と呼んで立ち入り禁止にした。やがて、「ゾーン」内には「入ると願いが叶う部屋」があると噂されるようになり、「ゾーン」近傍の町では、「ストーカー」と呼ばれる、厳重な警備をかいくぐって希望者を「ゾーン」に案内してわずかな収入を得る人々が現れ始めた。
「科学者」と「作家」と名乗る二人の男性が「『部屋』に連れて行ってくれ」とストーカーに依頼し、ある日の夜明け前、3人は出発する。ストーカーは「『ゾーン』には無数の罠が仕掛けられている。何があっても私の指示に従い、勝手な動きをしてはいけない」と告げる。「ゾーン」ではストーカーが告げたとおり、予想のつかない謎の現象がつぎつぎに起こり、「乾いたトンネル」や「肉挽き機」と呼ばれる場所で危機を迎えたが、なんとか切り抜ける。
その道行きの中、3人は、「ゾーン」とは何か、「部屋」とは何か、そして信仰とは何かを論じ合う。教授はストーカーの師であったヤマアラシがゾーンから戻ると大富豪になったが、その一週間後に首を吊ったと語る。自分は『部屋』に入らないのか?とたずねられたストーカーは、自分は今のままでいいと返答した。
3人は「部屋」にたどり着いた。すると、科学者は荷物から小型核爆弾を取り出し、部屋を破壊しようとした。科学者は「『部屋』が何者かに悪用されるのを防ぐためだ」と語った。ストーカーは「ここは地上に残された最後の希望なのです」と叫び、必死で止めようとしてもみ合いになるが、それを見ていた作家はストーカーに向かって「おまえは偽善者だ」となじる。さらに作家は「部屋」は、人の表面上の願いでなく無意識の欲望を実現する装置だと喝破する。ヤマアラシが自殺したのも我欲に負けたからではなく、「肉挽き機」で死んだ弟を蘇らせたい一心で「部屋」に入ったが、「部屋」から与えられたものは大金であり、自身の本性を突きつけられた彼は、良心や心の痛みは自分の本質ではないと悟った末に首を吊ったのだと推測する。作家はヤマアラシの二の舞になるまいと「部屋」に入らないと宣言する。科学者はゾーンに来た理由がわからなくなり、爆弾を分解し始める。ストーカーは家族でゾーンに移り住む妄想を語る。「部屋」の中には雨が降り始め、科学者は爆弾の部品のいくつかを部屋に投げ込む。その後、3人は「ゾーン」をあとにした。
帰宅したストーカーは「あいつらは信じるための器官が退化しているに違いない。」と妻に不満をぶつけ、部屋を必要としている人はいないと嘆き、もう誰も連れて行かないと告げる。妻は自分にも希望があるから自分が行こうかと提案するもストーカーはもしものことがあったらと心配するが故に申し出を拒絶し、眠りにつく。
ここで妻が映画の観客に向かい、自分とストーカーとの出会いや、娘の足が不自由であることなどについて話し、自分に言い聞かせるように「苦しみがなければ幸せもないでしょうし希望もありませんから」とつぶやく。
ストーカーの娘は部屋でひとり詩集を黙読し、気に入った詩を反芻していた。娘がテーブルの上のコップを見やると、コップはすべるように動き、そのまま床に落ちた。娘はそれが通常のことのように平然としていた。直後、家全体がけたたましく振動し、すぐそばの線路を列車が通過していった。(ここで歓喜の歌が流れる。)
キャスト
- 「ストーカー」:アレクサンドル・カイダノフスキー
- 「ストーカー」の妻:アリーサ・フレインドリフ
- 「作家」:アナトリー・ソロニーツィン
- 「科学者」:ニコライ・グリニコ
- 「猿」(「ストーカー」の娘):ナターシャ・アブラモヴァ
製作
タルコフスキーにとって『惑星ソラリス』に続くSF映画であるが、空想科学的な描写や演出はほとんどない。作中においてSF的要素が示されるのは、冒頭の「ノーベル賞受賞者ウォーレス教授がRAI記者に語った言葉」を示す短い字幕だけである。これは、タルコフスキーの構想が着想から公開までに大きく変わった結果である。
タルコフスキーが最初に原作に注目し、副収入を得るべく、他の監督のために脚本化してもいいと考えた1973年初めから、彼自身にとって「最も調和のとれた形式をとりうる」構想と見なし始め、1974年末から1975年初めまでに「合法的に超越的なものに触れる可能性」を見出し、最終的なヴァージョンに至るまでに2度の撮影を経た。本作の撮影はタルコフスキーの全作品中、最も準備不足の状態で始まり、スタッフとの軋轢や脚本の全面的な書き換えもあってトラブル続きであった[3]。
タルコフスキーのこれ以前の作品と比べて長回しが多く、現実的な時間の持続を強調している。物語が展開する時間は、明示されているわけではないが、まる1日(早朝から夕方)であると思われる。
タルコフスキーの他の作品同様、「水」が重要なモチーフとして登場するが、それまでの作品とは異なり、重油と思われる油が浮いていたり文明の遺物が底に沈んでいたりして、美しくはない。
場面ごとに大きく(モノクロームとカラーの転換)、あるいは微妙に変化する色調や、冒頭でストーカーが登場するシーンのカメラワークに、中世ロシアのイコンの規範が影響しているという研究者[誰?]もいる。
後半にはタルコフスキー作品特有の難解な台詞回しが見られる。
評価
興行収入
- 『ストーカー』はソ連で430万枚のチケットを売り上げた[4]。
批判家からの反応
- 公開当初、この映画の評判は芳しくなかった。政府機関であるゴスキノ(国家映画委員会)の関係者は、この映画を批判した[5]。
- 『ストーカー』はもっとテンポを速く、ダイナミックにすべきだと言われたタルコフスキーは、「間違った劇場に入ってしまった観客が、メインのアクションが始まる前に退出する時間を持つように、映画は冒頭をもっとゆっくりで退屈なものにする必要がある」と答えた。ゴスキノの担当者は、観客の視点を伝えようとしただけだと述べた。タルコフスキーはこう反論したとされている。「私が興味を持っているのは二人の意見だけだ。一人はロベール・ブレッソン、もう一人はイングマール・ベルイマンだ」[6]。
- 近年、この映画のレビューは非常に好評を博している。批評集積サイトの Rotten Tomatoesでは、43件のレビューに基づき100%の評価を受け、平均評価は8.6/10である。批評家の総評は、「『ストーカー』は複雑で婉曲的な寓話であり、SF/スリラーの世界観から忘れられないイメージと哲学的な思索を引き出している」とされている[7]。
- Metacriticは17人の批評家による加重平均点を100点満点中85点とし、「普遍的な称賛」を示している。
- 2012年9月にSight & Sound誌が行った英国映画協会による「史上最高の映画100選」の投票で、この映画は1位にランクインした。同団体の批評家は『ストーカー』を29位にランクインさせた
- 監督は本作を30位にランクインされた。Sight & Sound誌の最新2022年版「史上最高の映画」リストでは、この映画は批評家投票で43位、監督投票で14位にランクインした。ガーディアン紙のジェフ・ダイアーは、この映画を「映画が高尚な芸術であると主張することと、観客がそれをそのように鑑賞する能力を試すことの両方と同義である」と評した.。タイムアウト・フィルム・ガイドの評論家デレク・アダムスは『ストーカー』を同じく1979年公開のフランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』と比較し、「闇の中心への旅」として『ストーカー』は「コッポラの作品よりもずっと説得力がある」と主張した">。スラント・マガジンの評論家ニック・シェーガーはこの映画を「人間の意識についての際限なく柔軟な寓話」と賞賛した。
- 2018年、この映画はBBCカルチャーが43カ国209人の批評家を対象に行った投票で、史上49番目に優れた非英語映画に選ばれました。
受賞
- この映画はカンヌ映画祭でエキュメニカル審査員賞を受賞し、ポルトガルのファンタスポルトでは観客審査員特別賞を受賞した。