ダニー・サラザー

アメリカの野球選手 (1990 - ) From Wikipedia, the free encyclopedia

ダニエル・ダリエル・サラザー・デル・ロサリオDaniel Dariel Salazar del Rosario, 1990年1月11日 - )は、ドミニカ共和国サントドミンゴ出身のプロ野球選手投手)。右投左打。現在は、フリーエージェント(FA)。愛称はサリー[1]

生年月日 (1990-01-11) 1990年1月11日(36歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
190 lb =約86.2 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
ダニー・サラザー
Danny Salazar
現役時代
(2017年6月1日)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 サントドミンゴ
生年月日 (1990-01-11) 1990年1月11日(36歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
190 lb =約86.2 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 アマチュアFA
初出場 2013年7月11日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
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経歴

プロ入りとインディアンス時代

2006年クリーブランド・インディアンスと契約を結んだ。

2007年に傘下のドミニカン・サマーリーグ・インディアンスでプロデビューを果たした。

2008年にアメリカに渡り、この年はルーキー級ガルフ・コーストリーグ・インディアンスに所属した。

2009年からの3年間はA級レイクカウンティ・キャプテンズに所属した。

2010年8月にトミー・ジョン手術を受け、翌年途中までリハビリ生活を送る。

2011年シーズン終了後の11月18日にはルール・ファイブ・ドラフトでの流出を防ぐためにインディアンスの40人枠入りした。

2012年はA+級カロライナ・マドキャッツとAA級アクロン・エアロズでプレーした。

2013年は開幕をAA級アクロン・エアロズで迎え、5月にAAA級コロンバス・クリッパーズに昇格。さらに7月にメジャー初昇格を果たした。7月11日トロント・ブルージェイズ戦で先発し、5回終了まで無安打に封じて6回1失点・7奪三振の投球で初登板初勝利を挙げるなど鮮烈なメジャーデビューを飾った(このデビュー戦での7奪三振はルイス・ティアント1964年7月19日ニューヨーク・ヤンキース戦で記録した11個に次いで球団史上2番目の多さである。[2] )。翌12日にはコロンバスに降格となったが、8月に再昇格すると先発ローテーションに定着。2度目の先発となった8月7日デトロイト・タイガース戦ではミゲル・カブレラから3打席連続三振を奪う快投を見せた。10月1日に行われたタンパベイ・レイズとのワイルドカードゲームでは先発の大役を任された(結果は4回3失点で敗戦投手)。シーズン成績は10試合に登板して2勝3敗・防御率3.12の成績を残した。また、50イニングで64奪三振を奪い、奪三振率は11.25と高い数値を記録した。

2014年は、プレシーズン・ゲームでは調子が上がらなかったが、チームの期待を背負って先発ローテーションに入れられた[3]。だが、打ち込まれる場面が目立ち、一旦はマイナー降格した。だが、復帰後は安定したピッチングを見せ[3]、最終的には防御率4.25・6勝8敗・奪三振率9.8という成績をマークした。

2015年も先発ローテーションに入り、この年は30試合に投げて初めて規定投球回に到達。防御率3.45・チームの勝ち頭タイとなる14勝を挙げたほか、リーグ7位の195奪三振を記録 (奪三振率9.5) するなど、大ブレイクを果たした。

2016年9月9日のミネソタ・ツインズ戦で右前腕部の張りを訴え、負傷降板した。9月12日にMRI検査を受けた結果、屈筋の炎症と診断され、多血小板血漿(PRP)の注射療法を受けた。約10日間のノースロー調整を余儀なくされ、全治3~4週間で残りレギュラーシーズンは全休することになった[4]。離脱するまでに25試合に先発登板し、防御率3.87・2年連続2ケタ勝利となる11勝6敗・3シーズンぶりの10.0超となる奪三振率10.6・オールスターゲームに選出されている。10月25日にワールドシリーズのアクティブロースターに登録された[5]

2017年は5月までに3勝5敗・防御率5.50と不調で、6月6日に右肩の故障で故障者リスト入りした[6]。結果、この年は23試合登板(先発19、リリーフ4)に終わり、5勝6敗・防御率4.28と3年連続2桁勝利はならなかった。

2019年は2年ぶりに実戦復帰を果たしたが、肩のケガの影響などで速球の平均球速が2017年以前の95mph(約153km/h)から86mph(約138km/h)に低下。メジャーでの登板は1先発のみであった。オフの11月4日にFAとなった[7]

ヤンキース傘下時代

2022年4月13日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んだ[7]。3シーズンぶりのMLB組織との契約であり、怪我からの復活が期待されたが[8]、実戦登板は傘下AAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースでの2試合に留まり[7]、9月20日に自由契約となった[7]

投球スタイル

最速161km/h、平均球速152km/hのフォーシームが投球全体の半分以上を占め、次いで約138km/hのチェンジアップ、約151km/hのツーシームを多投し、チェンジアップをウイニングショットとしている。また、約128km/hのカーブ、約137km/hのスライダーの計5球種を持ち球とする。マイナー時代からメジャー昇格後にかけて、チェンジアップとスライダーを武器としてきたが、2015年からカーブを投げ始めたことでスライダーの割合が減少し、2016年にはツーシームよりも頻度が少なくなった[9]

詳細情報

年度別投球成績

さらに見る 年 度, 球団 ...




















































W
H
I
P
2013 CLE 10100002300.40021152.0447150065301873.121.13
2014 20201106800.429474110.01171335431203057524.251.38
2015 3030000141000.583757185.01562353171953279713.451.13
2016 252500011600.647584137.11211663321619361593.871.34
2017 23190005600.455439103.0941444031456051494.281.34
2019 110000100.000174.042300200224.501.75
MLB:6年 109105110383400.5282482591.1536752138156882452682513.821.27
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  • 2019年度シーズン終了時

年度別守備成績

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投手(P)












2013 CLE 1032011.000
2014 2036011.000
2015 30111731.903
2016 255910.933
2017 233510.889
2019 10000----
MLB 109253953.928
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  • 2019年度シーズン終了時

記録

背番号

  • 31 (2013年 - 2019年)

脚注

関連項目

外部リンク

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