ダン・ブリッグス

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生年月日 (1952-11-18) 1952年11月18日(72歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
180 lb =約81.6 kg
ダン・ブリッグス
Dan Briggs
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州
生年月日 (1952-11-18) 1952年11月18日(72歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
180 lb =約81.6 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 1970年 MLBドラフト2巡目
初出場 MLB / 1975年9月10日
NPB / 1982年7月30日
最終出場 MLB / 1982年7月3日
NPB / 1983年10月24日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ダン・リー・ブリッグスDan Lee Briggs, 1952年11月18日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身の元プロ野球選手外野手)。左投左打。

1982年7月に不振のラリー・ハーローの後任として急遽獲得される。来日直後の活躍から4番を任されたが打順を意識しすぎ平凡な成績に終わる。しかし、日本語学校に通うなどの真面目な姿勢から来季には日本の野球に順応することが期待されて残留となった[1]

2年目となる1983年は6・7番を中心にフルシーズン出場を果たし、オールスター後のみの打率は3割に達した。しかし、外国人選手としてはなお数字的に物足りず、自身の起用法への不満も口にするようになったことから、この年で解雇となった[1]

1983年7月13日には神宮球場で行なわれた対横浜大洋ホエールズ戦で、死球で出塁した後のプレーにおいて、2アウトで併殺崩しの必要もなかったにもかかわらず二塁手高木豊の足を払うスライディングを行う。怒ってボールをぶつけるような仕草をして向かってくる高木をほぼ一方的にブリッグスが殴って両チーム選手の乱闘となり、ブリッグスと高木の2人とも退場処分になった[2][1][3]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1975 CAL 13343137101113021020060.226.273.355.628
1976 7726624819531321731403221313477.214.259.294.554
1977 5983746122011740001801143.162.250.230.480
1978 CLE 15534948011131000040092.163.226.265.492
1979 SD 1042542273447438813021131855453.207.277.357.634
1981 MON 911110100010010000030.091.091.091.182
1982 CHC 4850481600061001001091.125.125.125.250
ヤクルト 53218200224860672241114815413.240.286.360.646
1983 12340638140102241121644422121319725.268.308.430.738
MLB:7年 3257516886713420612202532756457913316.195.251.294.545
NPB:2年 1766245816215030118236683326212141138.258.300.406.707

記録

背番号

  • 38(1975年 - 1976年途中)
  • 4(1976年途中 - 同年終了、1982年途中 - 1983年)
  • 21(1977年)
  • 23(1978年)
  • 24(1979年)
  • 33(1981年)
  • 11(1982年 - 同年途中)

脚注

関連項目

外部リンク

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