チェス盤と小麦の問題
From Wikipedia, the free encyclopedia

チェス盤と小麦の問題(チェスばんとこむぎのもんだい、英: wheat and chessboard problem)、またはチェス盤と米の問題(チェスばんとこめのもんだい、英: rice and chessboard problem)は、数学の問題の一種。 以下のような文章題として表現される: 「チェス盤に、小麦を以下のように載せていく: 最初のマス目には1粒だけ置く。次のマス目には2粒置く。さらに次のマス目には4粒置く。以下同様に、あるマス目に置く粒の数は、直前のマス目に置かれた粒のちょうど2倍とする。さて、最終的にチェス盤の上に載っている小麦は何粒だろうか?」
この問題は単純な加法によっても解くことができる。 一般的なチェス盤は64マスであるため、全てのマスに置き終わった際の麦粒の数の合計値は で計算できる。実際にこれを計算すると18,446,744,073,709,551,615 (千八百四十四京六千七百四十四兆七百三十七億九百五十五万千六百十五)粒となる。
この問題は、指数、ゼロ乗、総和、等比級数などの概念をわかりやすく説明するのに好都合な上に、等比数列や指数関数的成長がいかに急速に増加するかを示す簡単な例でもある。現代的な変種として、「今すぐ一億円もらえるか、一日目に一円で30日目まで毎日倍額になっていく報酬がもらえるか、どちらを選ぶか?」という、複利を説明するためのものもある。この例では、後者の30日目時点の最終的な利得は十億円以上(正確には十億七千三百七十四万千八百二十三円)になる[1]。
「チェス盤上の麦つぶ」問題を記載した最古の文献は、13世紀の法学者イブン・ハッリカーンが1256年にアラビア語で著した人名辞典 Wafayāt のようである[2]。当時、アブー・バクル・スーリーというチェスの名人[注釈 1]がチェスの発明者だという俗説が巷間に流布していたところ、イブン・ハッリカーンはそれに反論してスィッサ・イブン・ダーヒルという名のインド人を発明者とする説を紹介する[3]。イブン・ハッリカーンによると、スィッサは、当時のインド王シフラーム Shihrām を喜ばせるためにチェス(シャトランジ)を発明し、この発明品は隣国ペルシアの王アルダシールが発明したネルドという盤上ゲーム[注釈 2]より優れていると豪語した[3]。シフラームは、チェスが戦場における戦術を学べる同種の遊戯の中で最上のものだと感激し、チェス盤を正義の礎として寺院に奉納した[3]。王がスィッサに褒美を取らせようとした際に、「チェス盤上の麦つぶ」のエピソードが登場する[2][3]。
「欲しいものを何でも申せ」と王が言うと、スィッサは「ならば、チェス盤の第1のマス目には1つぶの麦を、第2のマス目には2粒の麦を、次のマス目にはその倍の、と続けて、最後のマス目までの麦つぶを、それがどんな量であろうとも、私にそれを授けてくださるようお願いします」と応じた[3]。王はそれでは少なすぎると叫び抗議したが、スィッサはその要求にこだわり、それ以上はいっさい受け取ろうとしなかった[3]。褒美について合意した王は、倉庫の官僚に命じて麦つぶの総量を計算させたところ、彼らから「王国にはそれだけの量の麦がない」という返事が戻ってきた[3]。信じられない王は官僚たちを面前に呼び出し、問い質したところ、彼らは世界中にある麦の全部でも足りないと答え、実際に計算してみせた[3]。納得した王はスィッサに、「そのような要求を思いつくそなたの創意は、チェスなる遊戯を発明したそなたの才能よりも、さらに賞賛に値する」と言った[3]。
イブン・ハッリカーンは「チェス盤上の麦つぶ」がそのように巨大な数になることが信じられなかったので、アレクサンドリアで働くマムルーク朝の主計官に問い合わせたところ、50マス目で当時のどんな大都市にある倉庫の数よりも多い1,024棟の倉庫に満杯の麦つぶが必要になり、60マス目でそのような大都市が1,024、必要になるとの回答を得て、納得したという[3]。イブン・ハッリカーンの著述以後、現代に至るまで何百年ものあいだ、「チェス盤上の麦つぶ」問題は、等比数列あるいは幾何級数の性質をわかりやすく示す好例として使われ続けている[2]。
なお、10世紀のマスウーディーの著作『黄金の牧場』には、チェスの歴史に関する記載に付随して「インド人はよく、チェス盤のマス目を使って等差数列の計算をする」という旨の記載がある[4]。19世紀のサンスクリット学者マクドネルによると、この記載には歴史的根拠があり、例えば5世紀の天文学者アーリヤバタの Ṣaḍguruśiṣya などの文献に、巨大な数を扱う数列計算の記述がある[4]。
「チェス盤上の麦つぶ」問題のバリエーションのようなエピソードは世界中で語られている[2]。15世紀のダンテ・アリギエーリの文学作品『神曲』には、天国の光が層を上がるごとに指数関数的に増大することを表す記載がある[2]。江戸時代の日本の書物には、太閤秀吉の御伽衆、曽呂利新左衛門が、太閤から褒美をもらう際に米粒を寺の石段の一段目から一段上がるごとに倍量の米粒を、最上段まで所望するというエピソードが記載されている[5]。
解法

項目冒頭で行ったように、単純にそれぞれのマス目に置かれた麦粒の数を逐次的に足していっても答えが得られる。しかし、等比数列の性質を利用すれば、比較的簡単に答えを導出できる。
問題を一般化し、以下の一般項を求めたいとしよう:
これは総和を表すシグマ記号を用いて
と表される。等比級数の公式より、
と計算される(詳細は等比数列の項目を参照)。あとは、 を代入することで答えが得られる。
最終的な答えは、(定義から当然であるが)64番目のメルセンヌ数である。
「チェス盤の後半」

IT戦略における「チェス盤の後半」(英: second half of the chessboard)とはレイ・カーツワイルが提唱した概念であり、指数関数的成長する要素が組織の全体的な事業戦略に重大な経済的影響を与え始める時点を指す[6]。これは、カーツワイルが語る発案者と統治者(このバージョンでは中国の皇帝)の逸話では、皇帝はチェス盤の半分ほどで事態の深刻さに気づき、その後急速に事態は悪化したとされていることに依拠する[7]。実際、チェス盤と小麦の問題において、チェス版の前半部分までで置かれている小麦の数も莫大 (、約42億) だが、後半部に置かれることになる小麦はその数をさらに約42億倍(正確には倍)したさらに莫大な量である。
小麦1粒を 65 mgとする[8]のであれば、チェス盤の前半部分に置かれることになる小麦の総質量は約279トンに及ぶ。一方、盤面全体に置かれることになる小麦の総質量は約1200ギガトンに及び、これは世界中で生産される小麦約1600年分に相当する[9]。