チェロソナタ (ラフマニノフ)

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セルゲイ・ラフマニノフの《チェロとピアノのためのソナタ ト短調》作品19は、1901年11月20日(露暦)に初稿が完成し、12月2日(露暦)に作曲家自身のピアノアナトーリー・ブランドゥコーフ(ラフマニノフの友人であり作品の献呈者)のチェロにより、モスクワで初演された[1]。その改訂稿には、初演の10日後にあたる12月12日(露暦)の日付の書き込みがある[2]

ラフマニノフは1897年3月の交響曲第1番(作品13)初演失敗の後、オペラ指揮者として多くの演奏会に出演する傍ら、ピアノ独奏のための小品、歌曲や合唱曲などを細々と作曲していた。ようやくその苦難から立ち直ろうとしていた頃、1900年1月に文豪レフ・トルストイとの面会の機会を得る[3]。しかし、そこで披露した自作歌曲「運命」(作品21-1)を酷評されたことで再び自信を失ってしまう[4]。その後同年1月から4月まで毎日ニコライ・ダーリ博士の催眠療法を受けたことで少しずつ回復に向かったが、それでも本格的な作曲の再開が望めるようになるにはなお数ヶ月を要した[5]

1900年7月、ついにラフマニノフは後の1906年に完成するオペラ《フランチェスカ・ダ・リミニ英語版》の主要場面である「愛の二重唱」を作曲する。これは1900年秋に着手された後述ピアノ協奏曲第2番 ハ短調よりも早い時期の作品であり、作曲家ラフマニノフの復活を裏付ける重要な作品となった[6]。そしてその秋から《ピアノ協奏曲 第2番》に取り組んだ後、《チェロ・ソナタ》に着手したのであった。特にその抒情性において、作曲時期が近い2台のピアノのための組曲 第2番(作品17)、ピアノ協奏曲第2番(作品18)、チェロ・ソナタ(作品19)の3作品の間には当然とも言える類似性が存在する。

チェロ・ソナタ第1楽章の冒頭はラフマニノフの代名詞であるグレゴリオ聖歌「怒りの日」を仄めかし、チェロの最初の2音には、「Warum?」(ドイツ語で「なぜ?」の意)という言葉が隠されていることが明かされている[7]。 最終楽章に至るまでこの「Warum?」動機はたびたび登場し、形を変えながら発展していく。作品の随所にはロシア正教会の鐘(カリヨン)や、ラフマニノフが生涯を通じて大切に思い続けた交響曲第1番へのオマージュが見受けられ、ラフマニノフの特筆すべき特徴が現れた大作に仕上がっている[8]

楽曲は以下の4楽章から成る。

  1. レントアレグロ・モデラート(ト短調)
  2. アレグロ・スケルツァンド(ハ短調)
  3. アンダンテ(変ホ長調)
  4. アレグロ・モッソ(ト長調)

演奏時間は約38分(1楽章反復含む)。

主要な音源

編曲

ロシアのピアニスト、アルカーディ・ヴォロドスは第3楽章をピアノ独奏用に編曲しており、録音も残している。

脚注

参考文献

外部リンク

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