チャイナタウン (ロサンゼルス)
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チャイナタウン | |
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地区 | |
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南門 | |
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| 座標:北緯34度03分46秒 西経118度14分16秒 / 北緯34.062888度 西経118.23789度 |
チャイナタウン(Chinatown)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州のロサンゼルス市にある地区。ダウンタウンLAの北側、ロサンゼルス川の西側、ドジャー・スタジアムの南側にある。

ロサンゼルスのチャイナタウンは第二次世界大戦後に建設された比較的新しい街である。道幅が広く車でのアクセスに対応しており、街の造りは「郊外型」である。このためサンフランシスコやマンハッタンにある「都市型」のチャイナタウンとは少し趣が異なる。
商業施設はノース・ブロードウェイを中心に展開している。他に仏教寺院、学校、市営住宅などがある。東の方は鉄道施設、倉庫、スタジオ、刑務所などが立地している。地区の南境界にあるオルベラ通り(en:Olvera Street)は市内最古の通りである。つまりLAのダウンタウンは南西へ向かって拡大したことになる。
歴史

昔のチャイナタウンはリトル・トーキョーの北側、現在のユニオン駅の位置にあった[1]。1870年頃に最初の大陸横断鉄道の建設に参加した中国人労働者達が定住して形成された。その後、中国からの新規移民も加わり、チャイナタウンの人口は急速に増加した。しかし、1882年に中国人排斥法が成立し、移民の数は厳しく制限された。
チャイナタウンでは中国系ギャングが賭博の開催やアヘンの密売を行うようになり風紀が乱れ始めた[2]。同時期、ロサンゼルス市当局は「ユニオン駅」の建設地を探していた。ダウンタウン周辺には3つのターミナル駅があったが、各々が離れていたため乗り換えが不便であった。ユニオン駅に集約すればこの問題を解決できると考えた。中国人経営者達は街を移転すればギャングを排除できると考えた。両者の思惑は一致した。
ユニオン駅の建設は1930年代に始まり、1939年に開業した。チャイナタウンは1938年に一部店舗が移転したが全体の移転完了は第二次世界大戦後になった。
チャイナタウンは1950年以降「インナーシティ問題」が顕著になった。経済的に余裕がある中流階級以上の世帯は東方のサンガブリエル・バレーへ流出し、低所得者が街に残った[3]。その結果、チャイナタウンはウェストレイクやワッツと並ぶ低所得地区になった。
2000年代に入り、チャイナタウンでは「ジェントリフィケーション」の動きがあり、開発業者が新規物件を供給している。しかしこれらの物件は富裕層向けであり、地区の家賃や物価を押し上げる要因となっている。昔からの住民(高齢者)は引っ越しを余儀なくされている。
