ちゃんぽん
各地に存在する郷土料理
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語源
「まぜこぜ」という意味での「ちゃんぽん」の用例は江戸時代から見られる[2]。語源集では、江戸時代の洒落本に見られる鉦の音(ちゃん)と鼓の音(ぽん)の擬音語をつなげたものだという説明が多くみられる[3][4][5][6][7][注釈 1]。
料理の「ちゃんぽん」の語源は諸説あるが、長崎ちゃんぽんの元祖とされる「四海樓」は、福建語の挨拶「吃飯」[注釈 2]に由来するという説を採っている[8][注釈 3]。あるいは「請飯」「喰飯」などに由来するとする説もある[9]。
一方、デジタル大辞泉は「攙和の中国音からか」とする[10]。横浜ピジンにおける「ちゃんぽん」は「攙和」が由来だとされるが[11]、料理の「ちゃんぽん」の語源かは不明である。また、中国語の「攙烹」に由来するという説も有力である[12][13]。このほか「攙混」から来ているとする説もある[注釈 4]。これらの説では、おなじく「ごちゃまぜにする」という語義の料理名を持つインドネシア料理のナシチャンプルと同根で[注釈 5]、客家系などの華僑によって伝播し各地に定着したとする。
九州のちゃんぽん
長崎


発祥の地、長崎県長崎市のちゃんぽんは、福建省の福建料理をベースとしている[14]。明治中期、長崎市に現存する中華料理店「四海樓」の初代店主陳平順が、当時日本に訪れていた大勢の清国からの留学生に、安くて栄養価の高い食事をさせるために考案したとされる[14]。一方異説もあり、明治初年には既に長崎人の本吉某が長崎市丸山で、支那饂飩をちゃんぽんの名で売り出していたともいう[15]。1907年(明治40年)に出版された『長崎縣紀要』には「チヤポン」の表記で濃厚な味ながら支那留学生や書生の好物で、すでに市内十数か所で提供されていたことが紹介されている[16]。
豚肉、ネギなどの野菜、蒲鉾など魚肉生産品、十数種の具材をラードで炒め、鶏ガラや豚骨等で取ったスープで味を調える。そこにちゃんぽん用の麺を入れて煮立る(他の中華麺料理との大きな違い)。公正競争規約施行規則別表では、長崎ちゃんぽんは「長崎県内で製造され」また「唐あく」と呼ばれる長崎独特のかん水で製麺したものと規定する。そのため、長崎のちゃんぽん麺は他県で製造されたものと成分が異なり、独特の風味がある。
長崎ちゃんぽんのルーツ福建省の省都福州市に属す福清市には、「燜麺(メンミエン)」と呼ばれる材料・味・見かけ・作り方が似た麺料理があり、現在も[いつ?]広く食べられている。福州語では「燜八(モウンマイッ)」といい[17]、先に鍋で具を炒めてからスープと麺を加えて煮る。
長崎ちゃんぽんは全国的に知られたご当地料理であり、太い麺と具材の多さが特徴であり、麺は切刃番手16番が使われる傾向にある[18]。長崎ちゃんぽんに影響されたと思われる麺料理が日本全国に存在する。特に九州のご当地ちゃんぽんは、スープや具材など長崎ちゃんぽんの特徴を強く引き継いでいる。
九州各地の濃厚な豚骨ラーメンも、長崎ちゃんぽんの多大な影響を受けている。豚骨ラーメン発祥の久留米「南京千両」創始者長崎県島原市出身の宮本時男は、郷土料理である長崎ちゃんぽんからヒントを得て1937年(昭和12年)に豚骨ラーメンを考案した[19]。
長崎ちゃんぽんが全国的に知られるようになったのには、全国チェーンとなったリンガーハットの影響もある。一方で、ちゃんぽんの具が袋詰めされて、日本各地で販売されていることもあり、家庭でも手軽に作れるようになっている。
小浜
長崎県雲仙市小浜町で独自に培われた小浜ちゃんぽんは、豚骨や鶏ガラをベースに特産のカタクチイワシで出汁を取った、まろやかなスープが特徴である。雲仙岳麓にある昔からの温泉地である小浜温泉で、大正時代に長崎ちゃんぽんが小浜、天草へと伝わり、独自の進化を遂げたというのが定説となっている[20]。長らく「小浜ちゃんぽん」という名は特に知られていなかったが、2007年に雲仙市職員である林田真明が地元小浜でちゃんぽんマップを作成したことがきっかけで、小浜ちゃんぽん愛好会[21]が結成された。今では林田真明は「ちゃんぽん番長」の名で知られ、ここ数年小浜ちゃんぽん愛好会の活動を通して全国的に脚光を浴びている[22]。現在[いつ?]、小浜温泉街を中心に15店舗ほどで小浜ちゃんぽんが提供されている。
佐賀
佐賀県武雄市や佐賀市では、海鮮具材の代わりに県内特産の蒲鉾(牛津蒲鉾)等を用いたちゃんぽんが提供されることが多い。また、長崎県で提供されるちゃんぽんと比較して盛られる野菜の量が非常に多いことも特徴である[23]。「井手ちゃんぽん」とその暖簾分けである「伊万里ちゃんぽん」がそれぞれ著名で、この系統は九州各地や名古屋、東京などにも出店進出している。また他に「佐賀軒ちゃんぽん」がある。
久留米
豚骨ラーメンの発祥店である久留米の「南京千両」は、長崎県島原市出身の創始者宮本時男が、「長崎ちゃんぽん」の豚骨ベースをヒントに考案しており、日本の豚骨ラーメンのルーツである。また、肉、魚介類を抜きにした野菜のみを具材にしたちゃんぽんちゃんどんを提供している店も数多くある。
北九州・戸畑

天草
熊本県天草諸島はかつて船を介して長崎との交流が盛んであったため、「天草ちゃんぽん」と呼ばれるちゃんぽんが発展した。
天草下島各市町の商工会議所は天草地方の国道3路線(国道266号・国道324号・国道389号)を2006年秋から「天草ちゃんぽん街道」と名付け、町おこしを図っている。
水俣
熊本県水俣市は、かつて漁師や海運業者を介して長崎・天草との交流が盛んであった。水俣市浜町の喜楽食堂初代店主・三牧美恵子が昭和25年の開業当時、客として訪れた天草の漁民からちゃんぽんを教えてもらい、材料とイメージだけを基にちゃんぽんを創りあげた。
町おこしとして、2010年に水俣JC水俣青年会議所と共に水俣チャンポン探究会を発足。
水俣でのちゃんぽんの消費量は、月間1万食を超えている。
福岡のちゃんぽんうどん
福岡市など西鉄沿線に店舗を持つ「やりうどん」や福岡空港にあった「はち屋(やりうどんに統合)」(いずれも西鉄ストアが経営)などでの人気メニュー。中華麺ではなく、中太で柔らかいうどんを使用した和風だしのもの。カレーちゃんぽんうどんなどの変種も提供されている。
この他にも県内の北九州市や飯塚市などを含め、うどんを使ったちゃんぽんを提供する店が全国各地に点在しているが、スープは必ずしも和風とは限らない。
和風スープのちゃんぽん
長崎ちゃんぽんから派生したご当地ちゃんぽんのなかには、和風のあっさりしたスープを特徴とするものが存在する。多くの場合、具材の多さ、やや太めの麺などの特徴は継承しているが、白濁スープと和風スープの違いは味覚的にも視覚的にも大きく、ちゃんぽんというよりもラーメンに近い形態のものもある。
彦根

滋賀県彦根市には、鰹・昆布出汁ベースのスープを特徴とするちゃんぽんが存在する[24]。主な具材は中太麺とたっぷりの野菜で、通常は魚介類を入れない。長崎ちゃんぽんと違い、具材は炒めずに煮込む。途中でスープに酢を入れて味に変化を加えるのが定番の食べ方である。
1963年に銀座商店街で開業した食堂「麺類をかべ」の店主が、旅先で食べた長崎ちゃんぽんに触発されて独自に開発した。「麺類をかべ」のちゃんぽんはやがて市内の他の食堂や中華料理店にも広まり、1990年代からは「ちゃんぽん亭総本家」(ドリームフーズ)が「近江ちゃんぽん」のブランド名で県内各地や近隣府県にチェーン展開を行っている。発祥店である「麺類をかべ」は土地の貸借契約切れのために2012年6月末に閉店したが、閉店前に市内の別の場所で2号店を開き、昔ながらの味を継承している[25]。
八幡浜

愛媛県八幡浜市でちゃんぽんを出している店は、2014年(平成26年)10月時点で50店舗ほどある[26]。
八幡浜ちゃんぽんの特徴は、鳥ガラや煮干で出汁を取ったあっさりとしたスープに[27]、野菜や豚肉がたっぷり用いられるのが通例である[28]。麺は太めである[29]。肉・野菜と共に、八幡浜の特産品であるじゃこ天などの水産練り製品を使った店が多い[27]。
2006年(平成18年)度から八幡浜商工会議所青年部が中心となって振興に取り組み[27]、ガイドブック『八幡浜ちゃんぽんバイブル』を発刊している[29]。2008年(平成20年)には、期間・地域限定商品としてサークルKサンクスから「八幡浜風ちゃんぽん」が発売された[29]。レトルトの製品も数多い。
あんかけのちゃんぽん
秋田のちゃんぽん
沖縄のちゃんぽん
高岡のちゃんぽん
ちゃんぽん焼き
大韓民国のチャンポン
博物館施設
- ちゃんぽんミュージアム(長崎市)



