ティム・ウォーラック

アメリカ合衆国のプロ野球選手 (1957-) From Wikipedia, the free encyclopedia

ティモシー・チャールズ・ウォーラックTimothy Charles Wallach, 1957年9月14日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス郡ハンティントンパーク出身の元プロ野球選手三塁手)、野球指導者。右投右打。

生年月日 (1957-09-14) 1957年9月14日(68歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
220 lb =約99.8 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
ティム・ウォーラック
Tim Wallach
ロサンゼルス・ドジャースでのコーチ時代
(2013年4月20日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ロサンゼルス郡ハンティントンパーク
生年月日 (1957-09-14) 1957年9月14日(68歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手
プロ入り 1979年 MLBドラフト1巡目
初出場 1980年9月6日
最終出場 1996年9月29日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
殿堂表彰者
選出年 2014年
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息子のチャド・ウォーラックもメジャーリーガーである。

経歴

カリフォルニア州立大学フラトン校時代、1978年MLBドラフト8巡目(全体196位)でカリフォルニア・エンゼルスから指名されるも拒否。1979年ゴールデンスパイク賞[1]を受賞。

同年のMLBドラフト1巡目(全体10位)でモントリオール・エクスポズ[2]から指名され、入団。翌1980年9月6日には早くもメジャーデビューを果たして初打席初本塁打を記録する。その年は5試合の出場。ルーキーイヤーの1981年50日間に及ぶストライキのためにシーズンが二分されたが、前後期合計71試合の出場で打率.236と、新人王候補にもならなかった。チームはこの年、球団創設以来初(現時点で唯一)の地区優勝を果たすが、ナ・リーグチャンピオンシップシリーズで後に所属するドジャースに敗れ、ワールドシリーズ進出はならなかった。

3年目の1982年に158試合に出場。打率.268ながら28本塁打(自己最高)、97打点の活躍をみせ、三塁のレギュラーに定着。5月には月間MVPも受賞した。1983年から1986年の4年間は上記を下回る成績であったが、1984年にはオールスターに初選出された。1985年にはゴールドグラブ賞を獲得し、フィリーズの至宝マイク・シュミットの連続受賞を9年で止めた。チームメイトのうち、ゲイリー・カーター1984年限りでニューヨーク・メッツトレードで移籍した。1986年限りでアンドレ・ドーソンティム・レインズFAで流出。レインズは1987年5月1日に再契約したが、これによってウォーラックが主力選手の自覚を持つ。1987年は153試合に出場し、打率.298、26本塁打、123打点の大活躍。打率と打点は自己最高で、この年MVP投票でも4位に入った。

エクスポズには1992年まで在籍し、12月24日にティム・バーカーとのトレードで、ロサンゼルス・ドジャースへ移籍。1991年から1993年にかけて3年連続で2割2分台の低打率に喘いでいたが、1994年から1995年のMLBストライキでシーズンが短縮された1994年に打率.280・23本塁打・78打点と活躍し、カムバック賞を受賞。オフの10月15日にFAとなったが、12月13日にドジャースと再契約した。しかし1995年は再び不振。11月6日にFAとなり、12月5日にカリフォルニア・エンゼルスと契約。1996年は開幕から不振でシーズン途中の7月19日に解雇され、7月25日に再びドジャースと契約。この年限りで現役を引退した。

引退後、ジム・トレーシー監督の下、一時ドジャースの打撃コーチを務めた。2009年、ドジャース傘下のAAA級アルバカーキ・アイソトープスの監督に就任。球団記録の80勝を挙げプレーオフに導き、パシフィックコーストリーグの最優秀監督に選ばれた。2011年よりドジャースの三塁コーチ、2014年よりベンチコーチを務めた[3]

2014年にカナダ野球殿堂入りを果たした[4]

2016年よりマイアミ・マーリンズのベンチコーチに就任し[5]2019年まで務めた[6]

詳細情報

年度別打撃成績

さらに見る 年 度, 球団 ...
















































O
P
S
1980 MON 512111200152000010050.182.250.455.705
1981 712312121950914731301001524373.236.299.344.643
1982 158645596891603132828197645436448115.268.313.471.784
1983 15664758154156333192527003055586979.269.335.434.769
1984 1606435825514325418230723704506710112.246.311.395.706
1985 155617569701483632225681990538857917.260.310.450.760
1986 1345394805011222118190718405448107216.233.308.396.704
1987 153644593891774242630512395073757986.298.343.514.857
1988 159640592521523251223069260738738819.257.302.389.691
1989 1546395737615942013240773707581018121.277.341.419.760
1990 1616786266918537521295986907421138012.296.339.471.810
1991 1516375776013022113193732404508610012.225.292.334.626
1992 15060253753120291917859220750289010.223.296.331.627
1993 LAD 133522477421061911216362021932237010.222.271.342.613
1994 113466414681162112320878020246248012.280.356.502.858
1995 973623272487222914038000427446911.266.326.428.754
1996 CAL 572091902345708762010001821473.237.306.400.706
LAD 451751621437314542201001201324.228.286.333.619
'96計 1023843523782101121304211003022797.233.297.369.666
MLB:17年 22128908809990820854323626033691125516667764989771307192.257.316.416.732
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  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰

記録

背番号

  • 58(1980年、2016年 - 2017年)
  • 29(1981年 - 1992年、1994年 - 1995年、1996年途中 - 同年終了、2005年、2013年途中 - 2015年、2019年)
  • 25(1993年、2004年)
  • 23(1996年 - 同年途中)
  • 26(2011年 - 2013年途中)
  • 38(2018年)

脚注

関連項目

外部リンク

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