テリー・クック
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| 名前 | ||||||
| 本名 | Terence John Cooke | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1976年8月5日(48歳) | |||||
| 出身地 |
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| 身長 | 170cm | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| -1995 | マンチェスター・ユナイテッド | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1995-1999 | マンチェスター・ユナイテッド | 4 | (0) | |||
| 1996 | → サンダーランド (loan) | 6 | (0) | |||
| 1996 | → バーミンガム・シティ (loan) | 3 | (0) | |||
| 1998-1999 | → レクサム (loan) | 10 | (0) | |||
| 1999 | → マンチェスター・シティ (loan) | 17 | (5) | |||
| 1999-2002 | マンチェスター・シティ | 20 | (2) | |||
| 2000 | → ウィガン (loan) | 10 | (1) | |||
| 2000 | → シェフィールド・ウェンズデイ (loan) | 13 | (1) | |||
| 2000-2001 | シェフィールド・ウェンズデイ | 4 | (0) | |||
| 2002 | → グリムズビー・タウン (loan) | 3 | (1) | |||
| 2002-2003 | グリムズビー・タウン | 25 | (0) | |||
| 2003-2004 | シェフィールド・ウェンズデイ | 23 | (2) | |||
| 2005-2009 | コロラド・ラピッズ | 106 | (4) | |||
| 2009-2010 | ノースクイーンズランド・フューリー | 10 | (1) | |||
| 2010-2011 | ガバラ | 12 | (1) | |||
| 通算 | 266 | (18) | ||||
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1. 国内リーグ戦に限る。2011年6月13日現在。 2. 2011年6月13日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
テリー・クック(Terence John "Terry" Cooke, 1976年8月5日 - )は、イングランド出身の元サッカー選手。U-21イングランド代表として4試合に出場した攻撃的ミッドフィールダー。イングランドのほか、アメリカ、オーストラリア、アゼルバイジャンでプレーした経験を持つ。
マンチェスター・ユナイテッド
1976年8月5日、テリー・クックはバーミンガム近郊のマーストン・グリーンに生まれ、バーミンガム・シティのサポーターとして育った。ユース期をマンチェスター・ユナイテッドの下部組織で過ごし、1994-95シーズンのFAユースカップには背番号10をつけて出場している。この時のチームキャプテンは後にイングランド代表となるフィリップ・ネヴィルで、ユナイテッドは決勝でスティーヴン・カー擁するトッテナムをPK戦の末に破り優勝した。同年代でユース期を過ごした選手には、フィルの兄であるガリー・ネヴィル、ポール・スコールズ、ライアン・ギグス、ニッキー・バット、そしてデビッド・ベッカムがいる。
翌1995-96シーズン、クックはフィル・ネヴィルと共にトップチームでの出場機会を掴む。彼はデビュー戦となった1995年9月のプレミアリーグ、ボルトン・ワンダラーズ戦で、ライアン・ギグスの得点をアシストするクロスを送っている[1]。同年10月のリーグカップ、ヨーク・シティ戦ではトップチームでの初得点を記録した。1996年にはU-21イングランド代表にも招集された。
マンチェスター・シティ
しかしクックのユナイテッドでのキャリアは、僅かリーグ戦4試合の出場に終わる。彼が主戦場としていた中盤の右サイドには、常にデビッド・ベッカムの存在があり、1996年にはサンダーランド、バーミンガム・シティへレンタル移籍で放出された。1997年には膝の故障でシーズンを棒に振り、復帰後の1998年にはディヴィジョン2(3部相当)に所属していたレクサムへレンタルで放出された。1999年には同じくディヴィジョン2の地元のライバル、マンチェスター・シティへ再びレンタルで放出され、同年3月に100万ポンドの移籍金で買い取られた[2]。彼はシティのディヴィジョン1(2部相当)昇格に貢献するが、翌1999-2000シーズンにクラブがプレミアリーグ昇格を決めた頃にはチーム内での立ち位置を失っていた。
2000年からはレンタル移籍でウィガン、シェフィールド・ウェンズデイ、グリムズビー・タウンといった下部リーグのクラブを渡り歩いた。2002-03シーズンはそのままディヴィジョン1のグリムズビー・タウンへ籍を移すが、クラブは最下位でディヴィジョン2降格が決まった。翌2003-04シーズンはディヴィジョン2のシェフィールド・ウェンズデイと契約するも、1シーズン限りで退団した。
コロラド・ラピッズ
2005年から4年半の間は、アメリカ・MLSのコロラド・ラピッズに在籍した。2008年4月のロサンゼルス・ギャラクシーとのリーグ開幕戦ではデビッド・ベッカムとの再会を果たした。彼はこの試合1得点2アシストの活躍で4対0の大勝に大きく貢献、マン・オブ・ザ・マッチに選ばれている[3]。コロラドでは主力としてリーグ戦106試合に出場、2006年シーズンにはリーグ最多となる12アシストを記録[4]したが、2009年にアバディーンから移籍してきた元スコットランド代表ジェイミー・スミスの加入によってその座を追われ、シーズン途中に退団した。
クックはその後、シアトル・サウンダーズ、ノッティンガム・フォレストのトライアルを受けるが、いずれも契約には至らなかった[5]。
オーストラリア、アゼルバイジャン
2009-10シーズン途中、クックは故障したイングランド人ミッドフィールダー、ジェイムス・ロビンソンの代役として、オーストラリア・Aリーグのノースクイーンズランド・フューリーと契約した。フューリーでは主に途中出場で10試合に出場、2010年2月13日の第27節ゴールドコースト・ユナイテッド戦で初得点を記録するが、これが彼のオーストラリアでの最後の出場となった。同年7月25日、フューリーはクックを放出した。
2010-11シーズンは、元イングランド代表のトニー・アダムス率いるアゼルバイジャンのガバラでプレー。12試合に出場して1得点を挙げたが、同シーズン限りで退団した。