テルエル
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| 州 | |
|---|---|
| 県 | |
| 面積 | 440.4 km² [1] |
| 標高 | 915m |
| 人口 | 35,994 人 (2021年[1]) |
| 人口密度 | 81.73 人/km² |
| 住民呼称 | turolense |
| 自治体首長 (2015年) |
マヌエル・ブラスコ・マルケス(PP) |
| 守護聖人 | San Cristóbal、Santa Emerenciana |
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北緯40度20分37秒 西経1度06分26秒 / 北緯40.34361度 西経1.10722度座標: 北緯40度20分37秒 西経1度06分26秒 / 北緯40.34361度 西経1.10722度
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テルエル(スペイン語: Teruel)は、スペイン・アラゴン州テルエル県のムニシピオ(基礎自治体)。テルエル県の県都である。名称はアラビア語で「雄牛」を意味し、町の広場には雄牛の像が設置されている。ハモン・セラーノ(生ハム)や陶芸が有名である。
人口
テルエルは山がちな地域にあり、その標高は915 mである。スペインの中では地理的に比較的孤立しており、県都ではあるが人口は約3万5000人と少ない。内陸部に位置するテルエルは寒冷な気候で知られる。

| テルエルの人口推移 1900-2010 |
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| 出典:INE(スペイン国立統計局)1900年 - 1991年[2]、1996年 - [3] |
歴史

中世にテルエルにはユダヤ人のコミュニティがあって特権を認められ、14世紀には1年間に300スエルドの税金を納めていた。ユダヤ人は商業や工業、特に毛織物業に従事していたが、1391年の迫害によって多くが殺され、あるいは生きるためにキリスト教に改宗した[4]。
テルエルはスペイン内戦の戦場となり、大きな被害を受けた。1937年12月から1938年2月の「テルエルの戦い」は、この内戦でも特に悲惨なものであった。テルエルの支配権は何度も変わり、人民戦線政府が制圧したり、反乱軍が再奪取したりした。戦いの中でテルエルは砲撃や空爆に曝された。3か月間の戦いで、双方の死傷者は10万人を数える。
交通
スペインの県都の中では最も人口が少なく、概して存在感の薄い都市であると認識されている。1999年に「Teruel existe」(テルエルは存在する)というスローガンのキャンペーン・グループが設立され、この市と地域の知名度を上げ、投資を増やそうとする運動を始めた。このキャンペーンの効果もあって、テルエルへの交通は大きく改善され、サラゴサとサグント(バレンシア方面との合流地点)を結ぶ高速道路が建設され、全線開通した。
テルエルには鉄道が達しておりテルエル駅がある。鉄道路線で他の地域へ行くには、南南西に向かってバレンシア方面を経由するか、北に向かって高速鉄道が達しているサラゴサを経由する必要がある。首都マドリードに直通する鉄道路線はない。
2013年2月28日にはテルエル空港が開港したが、定期旅客便は就航しておらず[5]、Tarmac Aerosave社の航空機メンテナンスと飛行機の墓場の役割を果たしている。

