デイヴ・グリーンスレイド
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| デイヴ・グリーンスレイド Dave Greenslade | |
|---|---|
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ドイツ・ヴィッセン公演(2011年6月) | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | David Greenslade |
| 生誕 | 1943年1月18日(83歳) |
| 出身地 |
サリー州 ウォキング |
| ジャンル |
プログレッシブ・ロック オルガン・ロック ジャズ・ロック |
| 職業 |
キーボーディスト、オルガニスト 作曲家 |
| 担当楽器 | キーボード、オルガン、ピアノ |
| 活動期間 | 1960年代 - 現在 |
| レーベル |
ワーナー・ブラザース EMI ヴァージン・レコード Mystic Records |
| 共同作業者 |
コロシアム イフ グリーンスレイド |
| 公式サイト | Dave Greenslade Official Site |
デイヴ・グリーンスレイド(David Greenslade、1943年1月18日 - )は、イングランド出身のキーボーディスト、オルガニスト、作曲家。
黎明期( - 1968年)
ハイスクール時代に、ジョン・ハイズマン(ドラム)やトニー・リーヴス(ベース)等とアマチュア・バンドを結成するなどオルガニストとして活動を始め、同僚達とブルースやジャズの道に歩み出す。
1964年から1968年頃まで「ウェス・ミンスター・ファイヴ」「クリス・ファーロウ&ザ・サンダーバーズ」「ジーノ・ワシントン&ザ・ラム・ジャム・バンド」などで、録音やセッション活動に参加。
バンド / ソロ活動期(1968年 - 1979年)
1968年夏、これまでの知己であるハイズマン、リーヴス、ディック・ヘクストール=スミス(サックス)らと、ジャズ/プログレッシブ・ロック・バンド「コロシアム」を結成。
1971年、「コロシアム」が解散し、ジャズ・ロック・バンド「イフ」に短期間籍を置く。
1972年、デイヴは同僚であるリーヴスのほか、デイヴ・ローソン(キーボード、元ウェブ - サムライ)、アンドリュー・マカロック(ドラム、元キング・クリムゾン - フィールズ)といった実力者を集め、ギターレスのプログレッシブ・ロック・バンド「グリーンスレイド」を結成する[1]。
1973年、ファースト・アルバム『グリーンスレイド』でデビュー。年内にはセカンド・アルバム『ベッドサイド・マナーズ・アー・エクストラ』も発表している。1974年、サード・アルバム『スパイグラス・ゲスト』をリリース[2]。コロシアムでの盟友クレム・クレムソンがゲストとして2曲でギターを弾いた。この時期からセールス的には下降気味になり、1975年にはリーヴスが脱退する。マルチプレーヤーのマーティン・ブライリー(元マンドレイク)を新メンバーに起用して4枚目のアルバム『タイム&タイド』を発表した[3]が、状況は変わらず、翌1976年初頭に解散する。
その後、デイヴは、ソロ・アルバムの制作に着手。同年にファースト・ソロ・アルバム『カクタス・クワイア』を発表[4]した。録音参加したミック・ロジャース(ギター、元マンフレッド・マンズ・アース・バンド)やサイモン・フィリップス(ドラム)らと組んでツアーを開催。後には旧友のリーヴス、ハイズマンが合流し、翌1977年まで続けた。
1979年、グリーンスレイドの4枚目のアルバムで縁のあった、イラストレーターのパトリック・ウッドロフとコラボしたコンセプト作品のセカンド・ソロ・アルバム『The Pentateuch of the Cosmogony』をリリース。その後、「グリーンスレイド」解散の頃からテレビ業界の音楽制作にも携わっている事情もあり、そちらの仕事に専念して際立ったソロ活動は暫く途絶える。
再始動 - 以降(1994年 - 現在)

1994年、SFファンタジー作家 テリー・プラチェットとコラボした15年ぶりのサード・ソロ・アルバム『From The Discworld』をリリース。そして同年に「コロシアム」が再結成を果たし、デイヴも復帰する[5]。
デイヴは、それと並行して2000年に「グリーンスレイド」の再結成を企画。オリジナル・メンバーのトニー・リーヴスも参加した25年ぶりの5thアルバム『ラージ・アフタヌーン』を発表する。その後、バンドはライブ・アルバムをリリースするなど、ライブを中心に2003年まで活動した。
1999年、4枚目のソロ・アルバム『ゴーイング・サウス』をリリース。
2011年、12年ぶり5枚目のソロ・アルバム『Routes/Roots』をリリース。