アンドリュー・マカロック
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マカロックは1945年、当時はハンプシャー州の自治体だったボーンマスにて生まれた。父親が海洋エンジニアだったため、6歳の時からカナダ、香港、日本[注釈 2]など海外で過ごした[1]。帰国後の1962年頃からはインディゴズ等バンド活動とボート競技に熱中していたが、1968年8月シャイ・リムズ(Shy Limbs)[2]を結成。彼等は秋にはレコーディングし、翌年1969年5月9日にレコード・デビュー[3]。ロンドンの様々なクラブで活動している時に、マカロックはロバート・フリップやグレッグ・レイクと知り合い[1]、レイクは2作目のシングルの録音に参加した。
1970年、当時彼に邸宅の一室を貸していたキース・エマーソンからの紹介で、キング・クリムゾンにマイケル・ジャイルズの後任として加入して[注釈 3][4]、サード・アルバム『リザード』の制作に参加した[5][6]。マカロックはフリップとレイク[注釈 4]が在籍していたキング・クリムゾンが1969年にデビューした時から彼等を知っており、ジャイルズのファンでもあった[7][1]。キング・クリムゾンは『リザード』の制作を終えた後、ライブ活動のリハーサルを開始したが、その初日の11月2日、ボーカリスト兼ベーシストのゴードン・ハスケルがリーダーのフリップと衝突して脱退した。その結果、1971年1月から予定されていたライブ活動が中止になったため、マカロックも離脱した[5][8][注釈 5]。
彼はフリップの紹介でアーサー・ブラウンズ・キングダム・カムに移籍[9]したが、イタリア公演の後はリハーサルだけでほとんど活動がなかった。再びフリップからレア・バードを脱退したグラハム・フィールド(キーボード)を紹介され、1960年代末のルーム・メイトだったアラン・バリー(ベース、ギター、ボーカル)を誘って、3人で1971年秋にキーボード・トリオのフィールズを結成した。彼等はアルバム1作を発表して、1972年に解散した[注釈 6][10]。
1972年秋、コロシアムのキーボーディストだったデイヴ・グリーンスレイドらとツイン・キーボード・バンドのグリーンスレイドを結成。彼等はスタジオ・アルバムを4作発表したのち、1976年に解散した[11]。
その後、ツアーケース販売業を行う傍らピーター・バンクス、ダンカン・マッケイ、アンソニー・フィリップスらとのセッション活動を行なったが、ほどなく音楽業界を去った。
1980年に英国王立ヨット協会指導者(RYA ヨットマスター)の資格を取得し、以後、ロンドンでヨット指導者として活動。五輪候補者のコーチングもしており、夏季にはトルコ周辺海域でマカロック・トラベル社観光ヨット船の船長も行っていた[12]。
2018年1月、ロンドン・ボート・ショーで久しぶりにトーク・ショーに登壇。元ロック・ドラマーと紹介された。
ディスコグラフィ
正式メンバーとしての活動
シャイ・リムズ
- "Reputation / Love" (1969年) ※シングル(B面にロバート・フリップとグレッグ・レイクが参加)
- "Lady In Black / Trick Or Two" (1969年) ※シングル
キング・クリムゾン
フィールズ
- 『フィールズ』 - Fields (1971年)
- Contrasts: Urban Roar To Country Peace (2015年) ※1972年制作で未発表だったセカンド・アルバム。
グリーンスレイド
- 『グリーンスレイド』 - Greenslade (1973年)
- 『ベッドサイド・マナーズ・アー・エクストラ』 - Bedside Manners Are Extra (1973年)
- 『スパイグラス・ゲスト』 - Spyglass Guest (1974年)
- 『タイム&タイド』 - Time And Tide (1975年)
- 『ライヴ’73-’75』 - Live 1973-1975 (1999年)
- 『ライヴ・イン・ストックホルム 1975』 - Live In Stockholm March 10, 1975 (2013年)
セッション活動
マンフレッド・マン・チャプター・スリー
- 『ボリューム・ツゥー』 - Volume Two (1970年) ※「It's Good To Be Alive」のみ演奏
ディーク・レオナルド
- "Diamond Road / Turning In Circles" (1973年) ※シングル
ランゾン&ハズバンド
- Nostalgia (1975年) ※「Ecstasy Express」のみ演奏
ギター・ワークショップ(オムニバス)
ダンカン・マッケイ
- 『スコアー』 - Score (1977年)
アンソニー・フィリップス
- 『プライヴェイト・パーツ・アンド・ピーセズII(バック・トゥ・パヴィリオン)』 - Private Parts & Pieces II: Back To The Pavilion (1980年)
ロンドン・フィルハーモニック・オーケストラ
- Opus One (1980年)
レイ・ベネット
- Angels & Ghosts (2001年) ※元フラッシュのメンバーとの1975年、1976年演奏2曲のみ。