トゥアハ・デ・ダナーン

アイルランド神話に登場する神々の一族・超自然的な民族 From Wikipedia, the free encyclopedia

トゥアハ・デ・ダナーン(Tuatha Dé Danann, 現代アイルランド語:トゥーアハ・ディエー・ダナン [t̪ˠuːəhə dʲeː d̪ˠan̪ˠən̪ˠ]古アイルランド語:トゥーアサ・ジェー・ザナン [tuːaθa ðʲeː ðaNaN])またはダーナ神族(ダーナしんぞく)は、ケルト神話で語られるところではの一族とされる一族。トゥアサ・デー・ダナンとも表記される[1]

名称

トゥアハ・デ・ダナーンは、直訳して「*ダヌの神の人々」などと解釈される[2]。「ダナーン」(Dannan)は属格形とみなされており、主格であれば「*ダナ」(*Danu/Dana)になるが、実用例がないので復元名とされる(*がつく)[3][4][注 1]

あるいはダナはアナ/アヌ(「アイルランドの女神の母」[7])と同一か、その音変異であるともされる[4][8]。『アイルランド来寇の書』にも、「ダナが神々の母」であると読める箇所がある[9]

*ダナ/ダヌはあるいは、ヨーロッパ大陸系のケルト人の間で信仰されていた、ドナウ川の女神の真名であった可能性も指摘され[3][10][注 2]、その同源の女神の可能性があるのが、ウェールズドーン英語版である[15]

ただし、「トゥアハ・デ・ダナーン」の名称の意味解釈には諸説あり、一説によれば、そもそもは単にトゥアハ・デ (「神の人々」)と呼ばれていたが[注 3]、「神の民=イスラエルびと[注 4]とまぎらわしくなったので区別のために「ダナーン」という(さしたる意味のない)後部が安易に付け足されたとも論ぜられる[3][注 5]

異称

初期の古アイルランド語文献では、トゥアハ・デ・ダナーンを「神の人々」(fir dé)や「神の縁者」(cenéla dé)などと呼ぶ例があり、多神教の神々と呼ぶことのためらいがここにもみられる[18]

ジョン・ケアリー英語版(1989–1990、2006年)の解説によれば、『来寇の書』の挿入詩の「エラサ英語版のクラン」(clann Eladan、人物名称だが、「芸術の子ら」の意味合いもある)という呼称は、トゥアハ・デ・ダナーン全般を指しているというが[19][20]、『来寇の書』の英訳者マカリスターは、この表現を"エラサの数多くの末裔"と読み下すのみであり[注 6]、名指しされるのも「ブレス・マク・エラサン(「エラサの子」のブレス)とその父系である[注 7][21][注 8]

彼らは「常しえに生きる者たち」でもあるが [23]、不死ではなく、暴力で殺されることはまぬかれない[3][24]

妖精塚の人々

近世・近代ともなると、トゥアハ・デ・ダナーンのことは婉曲的エース・シー英語版[25]áes sídhe、「妖精塚(フェアリー・マウンド)の人々」)と呼ぶようになった[22][3][27]

また同義のディーナ・シー英語版もトゥアハ・デ・ダナーンの別名である[注 9]

すでに早期の頃から、ティーレハーン英語版司教(7世紀)の著作とされる文献の中に「シー」(sídh)の用例があり、これを「地界の神々」(ラテン語: dei terreni)とみなす箇所がみられる[3]聖フィアック英語版(520年没)作とされる『フィアック讃美歌』の文句の中にも、聖パトリックの到来以前、アイルランド人は「シー」をあがめていた、という文句がある[3]

概要

ケルト神話ではアイルランドに上陸した6種族(数え方によっては7種族[注 10])の侵寇の波のうち、最後手前の5番目の種族で[35]、上述したように女神アナ(*ダヌ/*ダーナ)を母神とする神族とされる。

アナ/アヌについては、「アイルランドの神々の母」と『コルマクの語彙集英語版』に記されている [36][3][37]。しかしその他の情報はすくなく、たとえば親族が誰であるか(エクネ英語版が孫、ブリーアン英語版、ヨハル、ヨハルヴァらが息子の可能性)も確定ではない[6]。またアナ/アヌ神は、アヌの乳房英語版アイルランド語版という双峰の山と関連することが、これら古典にも描かれている[38][39]

*ダナ/ダヌ神も「神々の母」であるという記述が『アイルランド来寇の書』にみえるが[40]、ただその娘らとして主要でない女神が列記され[注 11]、別の段では息子らとして上述のブリーアンら3兄弟(いわゆる「トゥレン英語版の息子ら」)が名指しされるが[41][42]、これをアナ神の系譜ととらえた場合、上述したように「おそらくの」可能性だとされる[6][注 12]

ほかに主要な神々としては[22][3]ダグザ(別名エオヒド・オラティル、ルアド・ロエサ)、銀の腕の ヌアザ[注 13]、長腕のルー(諸芸の達人)[注 14]、若さと美の神オェングス[45]}、医師の神ディアン・ケヒト[注 15]、海神マナナン・マクリル、などがいる。

他にも「技芸の3神」である鍛冶師のゴブニュ/ゴヴニュ[注 16]金細工職人/真鋳細工師のクレドネ英語版番匠/大工ルフタを挙げることができる[47][49][50]

男の軍神としてはオグマが怪力の戦士であり[51]、またオガム文字と関連付けられる弁舌の神でもあるほか[52][53][54]、戦の神のニェート英語版がいる[3]。その戦神ニェートの妻とされるのがネヴァンである[55][3][56]

主な女神とされる三柱が[57]、いずれも戦神であるモリガン(「偉大な女王」?の意)、マッハバズヴであるが[22][58]、しばしば三女神は同一視されるか[59]、三位一体のごとくされる。三名ののいずれかが、前述のネヴァンが三名のうちいずれかがと入れ替わることもある[60]

ブリギッドは、詩の神でもあり、火に関連して鍛冶の女神でもある[22][61][62]。ブリギッドも、時には三姉妹とみなされる女神である[64]。キリスト教信仰の聖ブリギッドとの習合もみられる[61][62]

このように、アイルランド神話にも「3つの力」として言及される三神の存在があり、これは力を分割しているというよりも、神に並外れた力があることを表現するものである。

系譜

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ダヌ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ダグザ
 
ヌアザ
 
 
 
 
 
 
 
ディアン・ケヒト
 
ゴヴニュ
 
リル
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ブリギッド
 
ミディール
 
オェングス
 
オグマ
 
エーディン
 
キアン
 
ミアハ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ルー
 

経歴

一説によれば、フォモール族に追い出されたネミディア族が、ダナーン族になったと言われている。やがて、最終の波(6番目)の種族であるミレー族との戦いに敗れ、地下(墳墓・妖精丘のなか)の世界に移る[35]。この世界は地上の世界の鏡像のような世界だった[65]。やがて彼らは妖精ディーナ・シー英語版となった。

考察

この神々は、本来アイルランド人の祖先であるケルト民族自らが信仰の対象としていたものである[66]。彼らと同源とされる神々への信仰の痕跡がヨーロッパ大陸やブリテン島にも残されており、またアイルランドの古代の王家の系譜にこの神々の名が記されている[67]事がそれを示している。しかし『アイルランド来寇の書』においては、この神々はアイルランド人の祖先「ミレー族」との戦いに敗れ、衰退していく「トゥアハ・デ・ダナーン」という一族だと描写されている。『来寇の書』を含む一連のトゥアハ・デ・ダナーンの登場する物語群を現実の歴史が反映された物であると捉え、彼らはケルト民族に滅ぼされたアイルランドの先住民、あるいはその先住民が信仰していた神であるとされることがあるが、これは誤りである[68]

中世時代、アイルランド土着の神々[注 17]であるトゥアハ・デ・ダナーンについてを記述したのはキリスト教化した著述家であり、ペイガニズム(異教)の扱いに腐心した。トゥアハ・デ・ダナーンをあるいは堕天使(すなわち神にもルシフェルにもつかず中立のまま罰として地界に流謫された天使)として描いたり、魔術が巧みな古代人とみなしたりした[3]。だが、中世の著述家にも、トゥアハ・デ・ダナーンのなかには神もいたと認める者もいた[3]

ジョン・ケアリー英語版は、中世文学におけるトゥアハ・デ・ダナーンをすべて神格ととらえるのは、正確さを欠くという。トゥアハ・デ・ダナーンは、分類不可なスイ・ジェネリス英語版であり、中立性を保つためには、不死人("immortals")という呼称をつかうのがよいが、これにも語弊があって[3]定命ではなくとも北欧のアース神族と同じく暴力に訴えれば死ぬこともあると指摘する.[3]。しかしアイルランド神話は、ギリシア神話の逸話や神格と十分に比較照合するに足るという学者もいる[69]。これに反し、メルクリウスヴィーナスなどローマ神話の神々と対比一致させることはむずかしい、とケルト学者のマリ=ルイーズ・ショーステッド英語版は説いているが[63]、それはトゥアハ・デ・ダナーンが単一属性に収まる器ではなく、「一種の万有的な力や魔法」を帯びているかならのだという[注 18]

とりわけ女神たちは場所(土地)との結び付けが深いといわれる[58]。地域的と結びつき、地元の祭典と関わり合いの深いとされる神格や異界的の女性には、マッハ、カーマン英語版タルトゥ英語版など、が挙げられる[70][注 19]

ケルト神話やアイルランド神話を「母なる女神」観点から考える学派もあるが(地母神 § ケルトのグレートマザー参照)、賛否両論である。太古のケルト社会は母系制という前提におき、ケルト神話の一妻多夫モチーフ[注 20]がその名残であるなどとする論考である。だがこれは女性主義のプロパガンダと一蹴する向きもある、とパトリシア・モナハン英語版はまとめている[注 21][71]

トゥアハ・デ・ダナーンは、人間界の主権の問題にもかかわることがあり、人間の王が、その正当性をかれらより受諾するという伝承が、『幻影の予言英語版 』に残される。あるいは、王の正当性が、異界の女性との交流によって確立する(支配権の女神英語版を参照)[3]。王位簒奪者(資格喪失者)には報いを受けさせることもあるとされる[3]。また、土地の肥沃さを左右することもできるとされ、『De Gabáil in t-Sída(妖精塚の奪取について)』という作品では、ゲール人らは、まずトゥアハ・デ・ダナーンとの友誼関係をきづいてからでないと、作物も家畜も生産できなかったとしている[3]

個別のトゥアハ・デ・ダナーンに対応する古代ケルト英語版の神々もいくつか知られる。たとえば、ルーに対応するのが汎ケルトのルーゴス英語版神で、ヌアザは古代ブリテンノドンス(あるいは「光」を意味する名前)に、オグマはガリアのオグミオス[72]、ブリギッドはブリガンティア英語版[73]バズヴカスボドゥア英語版[75]トゥレン英語版がガリアのタラニス英語版に、それぞれ相当する[3]

四種の神器

彼等はアイルランド上陸時、北方四島の四都市、ファリアス(Falias)、フィンジアス(Findias)、ゴリアス(Gorias)、ムリアス(Murias)より四種の神器、またはThe Hallows of Irelandを持ち込んだ。 これは、リア・ファル、ルーの槍、ヌアザの剣、ダグザの大釜の事であるとされる。

ファリアスよりリア・ファル (Liath Fail、運命の石)がもたらされ、ミース県タラの丘に置かれている、これはアイルランドの王の元で啼くと言う。この都市にはモルフェッサ(Morfessa)という名のドルイドが住んでいる。

ゴリアスよりルーの槍がもたらされた。ゴリアスにはエスラス(Esras)と言う名のドルイドが住んでいる。

フィンジアスよりヌアザの剣がもたらされた。フィンジアスにはウスキアス(Uscias)と言う名のドルイドが住んでいる。

ムリアスよりダグザの大釜がもたらされた。ムリアスにはセミアス(Semias)と言う名のドルイドが住んでいる。

日本神話との比較

日本の神話学吉田敦彦は、トゥアサ・デー・ダナンのアイルランド征服神話と神武東征とを類似性があるとして比較研究している[76]

脚注

参考文献

関連項目

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