トラビス・バンワート
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | カンザス州ウィチタ |
| 生年月日 | 1986年2月14日(39歳) |
| 身長 体重 |
6' 3" =約190.5 cm 220 lb =約99.8 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2007年 MLBドラフト4巡目 |
| 初出場 |
KBO / 2014年7月12日 CPBL / 2019年8月31日 |
| 最終出場 |
KBO / 2016年9月29日 CPBL / 2019年10月1日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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トラビス・ジョーダン・バンワート(Travis Jordan Banwart, 1986年2月14日 - )はアメリカ合衆国・カンザス州ウィチタ出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。
プロ入りとアスレチックス傘下時代
2007年のMLBドラフトでオークランド・アスレチックスからドラフト4巡目(全体150位)で指名を受けプロ入り。契約後は、傘下A級のケーンカウンティ・クーガーズでプロデビューし、12試合(うち先発6試合)に登板して2勝1敗1セーブ、防御率2.60の成績を挙げた[1]。
2008年は、傘下A級ケーンカウンティと傘下A+級ストックトン・ポーツの2球団合計で21試合(全て先発)に登板し、4勝7敗、防御率3.59の成績を挙げた[1]。
2009年は、傘下AA級ミッドランド・ロックハウンズと傘下AAA級サクラメント・リバーキャッツの2球団合計で28試合(全て先発)に登板し、10勝6敗、防御率5.12の成績を挙げた[1]。
2010年も、傘下AA級ミッドランドと傘下AAA級サクラメントの2球団合計で29試合(うち先発25試合)に登板し、9勝7敗、防御率3.80の成績を挙げた[1]。またオフはアリゾナ・フォールリーグに参加した。
2011年は、傘下AAA級サクラメントで27試合(うち先発25試合)に登板し、9勝9敗、防御率4.63の成績を挙げた[1]。
2012年は、傘下AAA級サクラメントで32試合(うち先発18試合)に登板し、9勝5敗2セーブ、防御率3.85の成績を挙げた[1]。
2013年は、傘下AAA級サクラメントで29試合(うち先発23試合)に登板し、自身初めての二ケタ勝利となる10勝(5敗)、防御率4.60の成績を挙げた[1]。オフの11月4日にフリーエージェント(FA)となった[2]。
インディアンス傘下時代
2013年12月13日にクリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結び、翌年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[2]。
2014年は、傘下AAA級コロンバス・クリッパーズで開幕を迎え、後述の移籍まで16試合(全て先発)に登板し、5勝2敗、防御率3.12の成績を挙げた[1]。
SKワイバーンズ時代
2014年7月5日、不振により退団したジョジョ・レイエスの代役としてKBOのSKワイバーンズと契約を結び、シーズン後半だけで9勝を記録した[3]。
2015年開幕から先発ローテーションに入り5勝を挙げていたが、7月1日の試合中に打球を受けて右手首を骨折し、9日に退団した[4]。
KTウィズ時代
2016年は28試合に登板して6勝13敗、防御率5.95という成績に終わり、同年限りで退団した。
インディアンス傘下復帰
2016年12月23日にクリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結び、翌年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[2]。
2017年は傘下AA級アクロン・ラバーダックスと傘下AAA級コロンバスでプレーしたが、2球団合計で3勝5敗に終わり、オフの11月6日にFAとなった[2]。
独立リーグ時代
2018年は、故郷であるカンザス州ウィチタに本拠地を置く、独立リーグのアメリカン・アソシエーションに所属するウィチタ・ウィングナッツでプレーした。
富邦時代
2019年はメキシカンリーグのプエブラ・パロッツで開幕を迎えたが、5月26日に自由契約となり[2]、その後はアトランティックリーグのロングアイランド・ダックスと契約して6試合に登板して3勝を挙げた[1]。7月17日にはCPBLの富邦ガーディアンズと契約したが[6]、6試合に先発登板して1勝4敗、防御率6.30に終わり、シーズン終了後に退団した。
富邦退団後
2020年は再びロングアイランド・ダックスと契約したが[2]、新型コロナウイルスの感染拡大の影響でリーグが開催されなかったため、公式戦に登板することなく退団した。