トーマス・ストラコシャ

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本名 トーマス・フォタク・ストラコシャ
ラテン文字 Thomas Strakosha
生年月日 (1995-03-19) 1995年3月19日(29歳)
トーマス・ストラコシャ
ラツィオ時代の
ストラコシャ (2018年)
名前
本名 トーマス・フォタク・ストラコシャ
ラテン文字 Thomas Strakosha
基本情報
国籍 アルバニアの旗 アルバニア
生年月日 (1995-03-19) 1995年3月19日(29歳)
出身地 ギリシャの旗 ギリシャアテネ
身長 193cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム ギリシャの旗 AEKアテネFC
ポジション GK
背番号 1
利き足 右足
ユース
2011-2012 イタリアの旗 パニオニオス
2012-2014 イタリアの旗 ラツィオ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2012-2022 イタリアの旗 ラツィオ 164 (0)
2015-2016 イタリアの旗 サレルニターナ(loan) 11 (0)
2022-2024 イングランドの旗 ブレントフォード 2 (0)
2024- ギリシャの旗 AEKアテネ
代表歴2
2012  アルバニア U-17 1 (0)
2012-2014  アルバニア U-19 6 (0)
2013-2016  アルバニア U-21 11 (0)
2016- アルバニアの旗 アルバニア 35 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年6月10日現在。
2. 2024年10月15日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

トーマス・ストラコシャアルバニア語: Thomas Fotaq Strakosha1995年3月19日 - )は、ギリシャアテネ出身のアルバニアサッカー選手。ポジションはGKAEKアテネFCに所属している[1]アルバニア代表

ユース

2011年にパニオニオスFCのユースに所属し、翌年7万5000ユーロの移籍金でSSラツィオに移籍した[2][3]。プリマヴェーラチームでレギュラーの座を掴みとり、2012-13シーズンのカンピオナート・プリマヴェーラの優勝に貢献した[4]

ラツィオ

ラツィオのトップチームのゴールキーパーであったフアン・パブロ・カリーソが2012-13シーズンの冬にインテルナツィオナーレ・ミラノに移籍すると、フェデリコ・マルケッティアルバノ・ビサーリに次ぐ第3ゴールキーパーとしてトップチームに登録された。2013年5月26日に行われた2012-13シーズンのコッパ・イタリアでのASローマ戦でベンチ入りを果たした[5][6]。同年8月18日のスーペルコパ・イタリアーナユヴェントスFC戦でもベンチ入りした[7]

9月2日にはジェノアCFCにビサーリを売却した代わりにカルマルFFからエトリト・ベリシャを獲得したため、2013-14シーズンも第3ゴールキーパーとして出場機会に恵まれない日々を送る事となった[8]

2014年7月11日にラツィオのスポーツディレクターのイグリ・タレはストラコシャとの契約を2019年まで延長した事を発表[9]。2015年5月21日のコッパ・イタリア、ユヴェントス戦でベンチ入りした[10]

サレルニターナ

2015年7月にラツィオは新たにセリエBに昇格したUSサレルニターナ1919に彼をレンタル移籍する事で合意、これは出場経験を積むためであった[11]。サレルニターナでは12番の背番号を割り当てられ、同年8月9日のコッパ・イタリア、ACピサ1909戦でプロ初出場を達成、試合自体も1-0で勝利に終わった[12]。その1週間後に行われた、同じくコッパ・イタリアのACキエーヴォ・ヴェローナ戦ではビッグセーブを数回見せる活躍をし、120分に及んだ試合は彼の活躍によって1-0の勝利となり、次のラウンドへの進出を決めた[13]

リーグ初出場は9月6日、2015-16シーズンのセリエBの開幕戦となったUSアヴェッリーノ1912戦で、フル出場し3-1の勝利となった[14]。2015年12月1日のコッパ・イタリア、スペツィア・カルチョ戦では控えに止まった。この試合では監督のヴィセンツォ・トレンテピエトロ・テラッチアーノをゴールキーパーとして起用したからである。この試合は2-0で敗北し、このシーズンのコッパ・イタリアは幕を閉じた[15]

ラツィオ復帰

2016年7月にレンタル移籍から復帰した[16]。マルケッティが負傷し、ベリシャがアタランタBCへレンタル移籍したため、9月20日のACミラン戦でセリエA初出場を飾った[17]。試合は2-0で敗れたものの、彼への試合での評価は高く、ラツィオ側で最も優秀な選手であったと評された[18]。その5日後に行われたエンポリFC戦ではセリエAで初めて無失点試合を演出し、ディノ・ゾフに「2試合しか出場していない彼を評する事は出来ないが、僕に言わせればどちらの試合での非常に良いパフォーマンスを見せていたよ」と言わしめた[19]

2020ー21シーズンは、ペペ・レイナが加入したため出場機会が大幅に減少した。続く2021ー22シーズンの序盤も第2GKとしての立場は変わらなかったが、レイナが4失点を喫した第15節ウディネーゼ戦以降から再びレギュラーに定着し、シーズン終了までの23試合に出場した。

ブレントフォード

2022年7月14日、ブレントフォードFCにフリー移籍で加入し、3年契約(12か月延長オプション付き)を結んだ[20]

AEKアテネ

2024年7月、AEKアテネFCに移籍した[21]

代表歴

ユース

ジェメル・ムステダナジッチ監督からUEFA U-17欧州選手権20122次予選に参加するアルバニアU-17代表に選出された。しかし3試合全てで出場機会を得る事はなく、アルド・テチャヤの控えに甘んじた[22]

彼の父親であるフォト・ストラコシャ監督からUEFA U-19欧州選手権2013予選に参加するアルバニアU-19代表に選出され、3試合全てでフル出場した。グループ7を首位通過したベルギー相手にはエニス・ガヴァザイエルヴィス・カバシロレンツ・シェハイが得点し3-1の快勝を見せたものの、3試合合計で6失点、これによってグループ最下位で敗北となった[23][24][25][26]UEFA U-19欧州選手権2014予選でもユヴェントスの下部組織にいたエントニョ・エレザイからポジションを奪い、3試合全てにフル出場した[27]

スケンデル・ゲガ監督のU-20代表では2013年地中海競技大会のサッカー競技に挑むメンバーに招集されたものの、出場機会はなかった[28]

UEFA U-21欧州選手権2015予選に挑むU-21代表にも招集され、8試合中の4試合に出場した。残りの4試合はアルド・テチャヤ、オレスティス・メンカが2試合ずつ出場した[29]

A代表

2016年8月にモロッコ代表マケドニア代表戦でA代表に招集されたものの出場機会は無かった[30]

2024年6月8日、UEFA EURO 2024のメンバーに選出された[31]。正GKとして3試合に出場したが、チームは1分け2敗の未勝利で敗退した。

家族

父親は元アルバニア代表のゴールキーパーであるフォト・ストラコシャである[32]。両親ともアルバニアのメマリアイの出身であるが、彼自身はギリシャのアテネの生まれである。これは彼が生まれた時、父はギリシャのオリンピアコスFCで活躍していたからである[33]。兄のディミトリ・ストラコシャもサッカー選手で、FWである。また兄もギリシャ生まれである。

個人成績

2017年3月5日現在 [34][35][36]
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点 出場得点
イタリア リーグ戦 オープン杯 期間通算
2012-13ラツィオ95セリエA000000
2013-14000000
2014-1577000000
2015-16サレルニターナ12セリエB11020130
2016-17ラツィオ1セリエA11020130
通算イタリアセリエA 11020130
イタリアセリエB 11020130
総通算 22040260

タイトル

脚注

外部リンク

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