ペペ・レイナ

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ホセ・マヌエル・レイナ・パエス(José Manuel Reina Paez, 1982年8月31日 - )は、スペインマドリード州マドリード出身の元サッカー選手。元スペイン代表。現役時代のポジションはゴールキーパー

本名 ホセ・マヌエル・レイナ・パエス
José Manuel Reina Paez
愛称 ペペ(Pepe)
ラテン文字 Pepe Reina
概要 ペペ・レイナ, 名前 ...
ペペ・レイナ
スペイン代表でのレイナ (2017年)
名前
本名 ホセ・マヌエル・レイナ・パエス
José Manuel Reina Paez
愛称 ペペ(Pepe)
ラテン文字 Pepe Reina
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1982-08-31) 1982年8月31日(43歳)
出身地 マドリード
身長 188cm
体重 92kg
選手情報
ポジション GK
利き足 右足
ユース
スペインの旗 マドリード・オエステ
1998-1999 スペインの旗 バルセロナ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1999 スペインの旗 バルセロナC 3 (0)
1999-2000 スペインの旗 バルセロナB 41 (0)
2000-2002 スペインの旗 バルセロナ 30 (0)
2002-2005 スペインの旗 ビジャレアル 109 (0)
2005-2014 イングランドの旗 リヴァプール 285 (0)
2013-2014 イタリアの旗 ナポリ (loan) 30 (0)
2014-2015 ドイツの旗 バイエルン・ミュンヘン 3 (0)
2015-2018 イタリアの旗 ナポリ 111 (0)
2018-2020 イタリアの旗 ミラン 5 (0)
2020 イングランドの旗 アストン・ヴィラ (loan) 12 (0)
2020-2022 イタリアの旗 ラツィオ 44 (0)
2022-2024 スペインの旗 ビジャレアル 24 (0)
2024-2025 イタリアの旗 コモ 12 (0)
通算 709 (0)
代表歴
1998-1999  スペイン U-16 9 (0)
1999  スペイン U-17 2 (0)
2000  スペイン U-18 1 (0)
2000-2003  スペイン U-21 20 (0)
2000-2002 カタルーニャ州の旗 カタルーニャ 2 (0)
2005-2018 スペインの旗 スペイン 36 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年5月21日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj
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愛称は「ペペPepe)」。父ミゲル・レイナFCバルセロナアトレティコ・マドリードなどに所属した元スペイン代表ゴールキーパー。

経歴

スペイン時代

マドリードで生まれるも、父親ミゲル・レイナの影響もありFCバルセロナカンテラで育った。1999-2000シーズンはバルセロナBで、2000-01シーズンはトップリーグでデビューをしたが、荒さが目立ち首脳陣の信頼は得られなかった。2000-01シーズンのUEFAカップの準決勝で、後に所属することになるリヴァプールFCと対戦しており、自身もこの試合出場している。この試合はリヴァプールが勝利した。

バルセロナでは正GK獲得とはならず、出場機会を求めて2002年6月14日にビジャレアルCFに移籍。すぐさまハビエル・ロペス・バジェホからレギュラーを奪うと、2004-05シーズンにはチームをUEFAチャンピオンズリーグ出場圏内の3位に導いた。

イングランドでの活躍

2005年7月4日、同胞のラファエル・ベニテス監督に熱望され、プレミアリーグリヴァプールFCに移籍した。2004-05シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ決勝ACミラン戦でPKを3本止める大活躍を見せたイェルジ・ドゥデクからレギュラーを奪取すると、プレミアリーグでそれまでの6試合を更新する8試合連続無失点のクラブレコードを樹立し、正GKの地位を不動のものとした。一方、同シーズンのUEFAチャンピオンズリーグでは、決勝トーナメント1回戦のベンフィカ戦の2試合で3ゴールを失い活躍はならなかった。プレミアリーグでは20試合無失点を記録し、最優秀GKに与えられるプレミアリーグ・ゴールデングローブを獲得。FAカップ決勝のウェストハム・ユナイテッド戦ではPK戦で勝利して優勝した。

続く2006-07シーズンも正GKとしてチームを最後尾から支えた。UEFAチャンピオンズリーグの準々決勝チェルシーFC戦では、第1試合でマン・オブ・ザ・マッチに選ばれ、第2戦はPK戦までもつれたが勝ち上がった。決勝では一昨年も対戦したミランに1-2で敗れ、準優勝だった。プレミアリーグでも2年連続でゴールド・グラブ賞を獲得した。

デュデクがレアル・マドリードへと移籍した2007-08シーズン以降は正GKの座を不動のものとし、このシーズンの開幕となったアストン・ヴィラ戦から2012年4月1日のニューカッスル・ユナイテッド戦で退場処分を受けるまで足掛け約5年にわたりリーグ戦183試合連続出場を続けた(2007-08シーズンから2010-11シーズンまでは4季連続で全試合フル出場を達成している)。

イタリア・ドイツへの挑戦

シモン・ミニョレの加入に伴って2013年7月24日、恩師ベニテス率いるSSCナポリに期限付き移籍することが決定[1]。ただ本人は複雑な心境を告白しており、自身の公式HPで敬意が払われなかったことに対するリヴァプールへの不満をちらつかせた[2]。正GKとして活躍したものの買取オプションは行使されず、リヴァプールに復帰。2014年8月5日、バイエルン・ミュンヘンがレイナ個人との合意を発表[3]。2015年3月14日に行われたSVヴェルダー・ブレーメン戦でブンデスリーガデビューを果たし、初めてヨーロッパ主要4リーグ全てでプレーしたGKとなった[4]。しかし、正GKのマヌエル・ノイアーの壁は厚く、リーグ戦3試合のみの出場となった。2015年6月、3年契約でSSCナポリへの復帰が決定[5]。2017年4月30日のインテル戦でセリエA100試合出場を達成した。

2018年7月2日、ACミランへ3年契約で移籍した[6]。しかし、イタリア代表ジャンルイジ・ドンナルンマの壁は厚くポジションを奪うことは出来ず、このシーズンの出場は先発2試合、途中出場2試合の合計4試合に留まった。

2020年1月13日、アストン・ヴィラFCへの2019-20シーズン終了までのレンタル移籍が発表された[7]。加入後は直ぐにトム・ヒートンからポジションを奪い、16試合に出場した。2020年8月27日、SSラツィオへの完全移籍が発表された[8]。2020-21シーズン、2月7日のカリアリ戦でヨーロッパ5大リーグでの600試合出場を達成した[9]

2021ー22シーズンは、アルバニア代表トーマス・ストラコシャにポジションを奪われ、15試合の出場に留まった。

スペイン復帰

2022年7月8日、古巣ビジャレアルCFに加入し、1年契約を交わした[10]。加入後は、アルゼンチン代表ヘロニモ・ルジの控えに留まるも、冬にルジが退団すると昇格する形でレギュラーの座を獲得。以降は正GKとして出場を続けている。

再びイタリアへ

2024年7月18日、コモ1907に1年契約で移籍した[11]

代表

2005年8月17日のウルグアイ戦に出場し、スペイン代表デビューを果たした。2006年にはドイツW杯の出場メンバーに選出された。

イケル・カシージャスの控えに甘んじることが多いものの、代表ではムードメーカーとなりチームを盛り上げている。UEFA EURO 20082010 FIFAワールドカップで優勝した際のスペインでの祝賀会では司会を務め上げ、会場の数万人を盛り上げた。

PKストッパー

ビジャレアルCFに所属していた2004-05シーズンには、62.5%(8本中5本をセーブ)という高いPKストップ率を記録した。2006年のFAカップ決勝ウェストハム・ユナイテッドFC戦では3本のPKを止め、優勝の立役者となった[12]。2006-07シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ準決勝チェルシーFC戦ではアリエン・ロッベンジェレミ・ヌジタップのPKを止め決勝進出に貢献。

2010年のFIFAワールドカップ準々決勝パラグアイ戦では、正ゴールキーパーのカシージャスに相手FWオスカル・カルドソのPKの癖を教え、カシージャスのPKストップを陰から支えた。「キッカーが助走を取ってボールをインパクトする瞬間まで、どれだけ自信を持っていられるか。PKでは、ゴールキーパーが強い気持ちを保つことが重要なんだ」とインタビューに答えている[12]

2013年9月22日のACミラン戦ではプロ入り以降21回連続で成功させていたマリオ・バロテッリのPKをセーブし、記録を止めた[13]

個人成績

2020年8月30日現在
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クラブ シーズン リーグ カップ リーグカップ 国際大会 通算
出場 得点 失点 CS[注 1] 出場 得点 失点 CS 出場 得点 失点 CS 出場 得点 失点 CS 出場 得点 失点 CS
バルセロナ2000-01190 32 570 5 470 6 3330 43 12
2001-02110 11 410 1 040 4 2160 16 6
通算300 43 980 6 4110 10 5490 59 18
ビジャレアル2002-03330 43 900 0 040 3 2370 46 11
2003-04380 48 1000 0 0150 10 8530 58 18
2004-05380 37 1400 0 0190 10 12570 47 26
通算1090 128 3300 0 0380 23 221470 151 55
リヴァプール2005-06330 21 2050 5 200 0 0150 8 8550 34 30
2006-07350 23 1900 0 020 4 0140 9 7510 36 26
2007-08380 28 1800 0 010 2 0140 12 6520 42 24
2008-09380 27 2020 2 000 0 0110 11 5510 40 25
2009-10380 35 1710 1 000 0 0130 12 4520 48 21
2010-11380 44 1410 1 000 0 0110 5 6500 50 20
2011-12340 35 1250 6 070 7 2460 48 14
2012-13310 34 1400 0 000 0 080 9 3390 43 17
通算2850 247 134140 15 2100 13 2860 66 393960 341 177
ナポリ (loan)2013-14300 29 1040 4 290 13 1430 46 13
バイエルン・ミュンヘン (loan)2014-1530 0 300 0 000 0 030 0 3
ナポリ2015-16370 29 1520 2 150 3 2440 34 18
2016-17370 38 1230 5 180 14 1480 57 14
2017-18370 29 1800 0 0100 14 4470 43 22
通算1110 96 4550 7 2230 31 71390 134 54
ミラン2018-1940 5 120 1 160 9 1120 15 3
2019-20 1 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 0
通算 5 0 6 1 2 0 1 1 6 0 9 1 13 0 16 3
アストン・ヴィラ (loan) 2019-20 12 0 20 2 0 0 0 0 0 0 0 0 12 0 20 2
総通算5850 569 237 330 33 11 100 13 2 1730 152 758020 767 325
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注釈
  1. 無失点試合

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 36試合 0得点(2005年-2017年)[14]
さらに見る スペイン代表, 国際Aマッチ ...
スペイン代表国際Aマッチ
出場得点
200520
200630
200740
200830
200970
201020
201130
201220
201350
201420
201500
201610
201720
通算360
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エピソード

  • フェルナンド・トーレスとは家が隣だったことがある[12]
  • ゴルフのハンディキャップは18であり、リヴァプールのチームメイトとゴルフをすることがある[12]
  • 先発出場した2009年10月17日サンダーランドAFC戦において、リヴァプールサポーターが投げ込んでゴール前に転がっていた赤いビーチボールに、ダレン・ベントが放ったシュートが当たって軌道が変化してゴールに入るという珍事が起きた。その時ゴールを守っていたレイナは「驚いて咄嗟に赤い方に反応してしまった」と語っている[15]。結局この試合はこのゴールが決勝点となり、リヴァプールは0-1で敗れた。
  • 将来的に古巣バルセロナへの復帰を望んでいる[2]

タイトル

脚注

関連項目

外部リンク

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