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ドクターディーノ

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ドクターディーノ(またはドクトルディノ、Doctor Dino)は、フランスで生産された競走馬である。

現役期間 2004年 - 2009年
欧字表記 Doctor Dino
香港表記 迪諾醫生
概要 ドクターディーノ, 現役期間 ...
ドクターディーノ
ドクターディーノ(2007年香港ヴァーズ)
現役期間 2004年 - 2009年
欧字表記 Doctor Dino
香港表記 迪諾醫生
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 栗毛
生誕 2002年3月16日(24歳)
死没 (現役種牡馬)
父 Muhtathir
母 Logica
母の父 Priolo
生国 フランスの旗 フランス
生産者 エキュリー・ペルダー
馬主 ディーノ・ナニ
調教師 リチャード・ギブソン(シャンティイ)
競走成績
生涯成績 30戦9勝(総合)
21戦6勝(フランス)
1戦0勝(シンガポール)
2戦1勝(アメリカ)
1戦0勝(イギリス)
2戦2勝(香港)
2戦0勝 (UAE)
1戦0勝(カナダ)
獲得賞金 276万8628ユーロ(総合)
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競走馬時代には、2007年のマンノウォーステークスや香港ヴァーズを制すなど各国の競走で走った経歴を持つ。主戦騎手はオリビエ・ペリエが務め、14戦で7勝(うち重賞競走5勝)した。

経歴

戦績

2歳時の2004年に競走馬デビュー以降は自国のフランスで走り、重賞競走などで好走していたが重賞競走の勝ち鞍は5歳時の2006年に制したプロヴァンス大賞 (G3) のみだった。

6歳となった2007年は、この年初戦のガネー賞で3着となり、以降は海外遠征を繰り返し、遠征初戦の5月にシンガポール航空国際カップに出走し、勝ったシャドウゲイト、2着のコスモバルクに続く3着に入った。その後はアメリカ合衆国に渡り、8月のアーリントンミリオンで3着となり、9月にはオリビエ・ペリエ騎乗でマンノウォーステークスを制しG1競走初勝利を挙げた。以降ペリエが主戦騎手として騎乗し、イギリスのチャンピオンステークスで3着、12月には香港に渡って香港ヴァーズを制してG1競走2勝目を挙げた。

7歳となった2008年は、ドバイに遠征してドバイシーマクラシックで3着となった後は自国で走り、6月にシャンティイ大賞 (G2) を制して重賞競走4勝目を挙げた。その後サンクルー大賞で3着、ドーヴィル大賞 (G2) で2着となった後は再び海外遠征を行い、カナダに渡って10月にカナディアン国際ステークスにランフランコ・デットーリが初騎乗して出走したが5着、12月には2年連続で香港ヴァーズに出走し、鞍上がペリエに戻って同競走2連覇を達成した。

8歳となった2009年は、前年と同じくドバイに遠征してドバイシーマクラシックに出走したが8着だった。レース後、腱の損傷により競走馬を引退することとなり[1]、予備登録を行い選出馬となっていた天皇賞(春)への出走は辞退した[2]。その後、フランスHaras du Mesnil牧場にて種牡馬入りすることになった。

主な勝ち鞍

血統表

ドクターディーノ(Doctor Dino / 迪諾醫生)の血統
(シャーペンアップ系/Northern Dancer5×4=9.38%・Nearctic5×5=6.25%)
父
Muhtathir
1995 栗毛
父の父
Elmaamul
1987 栗毛
Diesis Sharpen Up
Doubly Sure
Modena Roberto
Mofida
父の母
Majmu
1988 鹿毛
Al Nasr Lyphard
Caretta
Affirmative Fable Affirmed
Fairway Fable
母
Logica
1994 鹿毛
Priolo
1987 鹿毛
Sovereign Dancer Northern Dancer
Bold Princess
Primevere Irish River
Spring is Sprung
母の母
Salagangai
1982 栗毛
Sallust Pall Mall
Bandarilla
Malagangai *ノノアルコ
La Route Millard F-No.1-n

脚注

外部リンク

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