ドッダ・デーヴァ・ラージャ From Wikipedia, the free encyclopedia 在位 1659年 - 1673年戴冠式 1659年8月19日別号 ラージャ全名 ドッダ・ケンパ・デーヴァ・ラージャドッダ・デーヴァ・ラージャDodda Deva Raja マイソール王在位 1659年 - 1673年戴冠式 1659年8月19日別号 ラージャ全名 ドッダ・ケンパ・デーヴァ・ラージャ出生 1627年5月25日死去 1673年2月11日シュリーランガパトナ子女 チッカ・デーヴァ・ラージャ王朝 オデヤ朝父親 デーヴァ・ラージェーンドラ(ナラサー・ラージャ1世の叔父)宗教 ヒンドゥー教テンプレートを表示 ドッダ・デーヴァ・ラージャ(Dodda Deva Raja, 1627年5月25日 - 1673年2月11日)は、南インドのカルナータカ地方、マイソール王国の君主(在位:1659年 - 1673年)。 1638年、ドッダ・デーヴァ・ラージャは従兄弟のナラサー・ラージャ1世の即位にあたり、父ともにヘングル城に幽閉された[1]。 1659年7月28日、病床のナラサー・ラージャ1世により後継者に指名され、7月31日にその死とともに王位を継承した[1]。 ドッダ・デーヴァ・ラージャは即位後、1659年にはカンダハルとベッラヴァッタ、1660年にはジンナガルとアムリトゥールをそれぞれ征服した[1]。 さらに、1663年にはハッサンとサッカレパッタナを攻略し、ビダヌールを首都とするケラディ・ナーヤカ朝に対しては貢納を命じた。 1673年2月11日、ドッダ・デーヴァ・ラージャは死亡し、甥のチッカ・デーヴァ・ラージャが王位を継承した[1]。 出典・脚注 1 2 3 4 Mysore 3 関連項目 マイソール王国 オデヤ朝 表話編歴マイソール王オデヤ朝(マイソール王) ヤドゥ・ラーヤ1399-1423 チャーマ・ラージャ1世1423-1459 ティンマ・ラージャ1世1459-1478 チャーマ・ラージャ2世1478-1513 チャーマ・ラージャ3世1513-1553 ティンマ・ラージャ2世1553-1572 チャーマ・ラージャ4世1572-1576 チャーマ・ラージャ5世1576-1578 ラージャ・オデヤ1世1578-1617 チャーマ・ラージャ6世1617-1637 ラージャ・オデヤ2世1637-1638 ナラサー・ラージャ1世1638-1659 ドッダ・デーヴァ・ラージャ1659-1673 チッカ・デーヴァ・ラージャ1673-1704 ナラサー・ラージャ2世1704-1714 クリシュナ・ラージャ1世1714-1732 チャーマ・ラージャ7世1732-1734 クリシュナ・ラージャ2世1734-1766 ナンジャ・ラージャ1766-1770 チャーマ・ラージャ8世1770-1776 チャーマ・ラージャ9世1776-1796 マイソール・スルターン朝(マイソール王) ハイダル・アリー1761-1782 ティプー・スルターン1782-1799 オデヤ朝(マイソール藩王) クリシュナ・ラージャ3世1799-1868 チャーマ・ラージャ10世1868-1894 クリシュナ・ラージャ4世1894-1940 チャーマ・ラージャ11世1940-1947 カテゴリ Related Articles