ナンジャ・ラージャ From Wikipedia, the free encyclopedia 在位 1766年 - 1770年戴冠式 1770年5月6日別号 ラージャ全名 ナンジャ・ダラヴァーイー・ラージャナンジャ・ラージャNanja Raja マイソール王在位 1766年 - 1770年戴冠式 1770年5月6日別号 ラージャ全名 ナンジャ・ダラヴァーイー・ラージャ出生 1748年死去 1770年8月2日シュリーランガパトナ王朝 オデヤ朝父親 クリシュナ・ラージャ2世宗教 ヒンドゥー教テンプレートを表示 ナンジャ・ラージャ(Nanja Raja, 1748年 - 1770年8月2日)は、南インドのカルナータカ地方、マイソール王国の君主(在位:1766年 - 1770年)。 1766年4月25日、父クリシュナ・ラージャ2世が死亡したことにより、ナンジャ・ラージャが王位を継承した[1]。 しかし、 サルヴァーディカーリー(首席大臣)のハイダル・アリーが父の治世末期より全権を握っており、その統治は名ばかりであった[1]。 また、1767年から1769年にかけて、ハイダル・アリーはタミル地方に侵攻し、イギリス と3年にわたる戦争を行った(第一次マイソール戦争)。 1770年8月2日、ナンジャ・ラージャはハイダル・アリーの命によって送られた毒入りの牛乳を飲み、シュリーランガパトナの宮殿で死亡した[1]。 出典・脚注 1 2 3 Mysore 3 関連項目 マイソール王国 オデヤ朝 表話編歴マイソール王オデヤ朝(マイソール王) ヤドゥ・ラーヤ1399-1423 チャーマ・ラージャ1世1423-1459 ティンマ・ラージャ1世1459-1478 チャーマ・ラージャ2世1478-1513 チャーマ・ラージャ3世1513-1553 ティンマ・ラージャ2世1553-1572 チャーマ・ラージャ4世1572-1576 チャーマ・ラージャ5世1576-1578 ラージャ・オデヤ1世1578-1617 チャーマ・ラージャ6世1617-1637 ラージャ・オデヤ2世1637-1638 ナラサー・ラージャ1世1638-1659 ドッダ・デーヴァ・ラージャ1659-1673 チッカ・デーヴァ・ラージャ1673-1704 ナラサー・ラージャ2世1704-1714 クリシュナ・ラージャ1世1714-1732 チャーマ・ラージャ7世1732-1734 クリシュナ・ラージャ2世1734-1766 ナンジャ・ラージャ1766-1770 チャーマ・ラージャ8世1770-1776 チャーマ・ラージャ9世1776-1796 マイソール・スルターン朝(マイソール王) ハイダル・アリー1761-1782 ティプー・スルターン1782-1799 オデヤ朝(マイソール藩王) クリシュナ・ラージャ3世1799-1868 チャーマ・ラージャ10世1868-1894 クリシュナ・ラージャ4世1894-1940 チャーマ・ラージャ11世1940-1947 カテゴリ Related Articles