ドン・ローチ

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生年月日 (1989-12-14) 1989年12月14日(35歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
195 lb =約88.5 kg
ドン・ローチ
Donn Roach
サンディエゴ・パドレス時代
(2013年3月16日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ネバダ州ラスベガス
生年月日 (1989-12-14) 1989年12月14日(35歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 MLBドラフト3巡目(全体115位)
初出場 MLB / 2014年4月2日
KBO / 2017年3月31日
NPB / 2018年7月22日
CPBL / 2020年4月16日
最終出場 MLB / 2016年8月2日
KBO / 2017年10月1日
NPB / 2018年9月25日
CPBL / 2020年5月12日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ドン・ミッチェル・ローチDonn Mitchell Roach, 1989年12月14日 - )は、 アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガス出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

CPBL時代の登録名は「洛奇」。

プロ入り前

2008年MLBドラフト40巡目(全体1219位)でロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムから指名されたが拒否し、アリゾナ大学へ進学。

プロ入りとエンゼルス傘下時代

サザン・ネバダ大学英語版へ移った2010年MLBドラフト3巡目(全体115位)で前回と同じくエンゼルスから指名され、プロ入り。この年は傘下のパイオニアリーグのルーキー級オレム・オウルズ英語版で16試合に登板し、4勝1敗・防御率6.04だった。

2011年はA級シーダーラピッズ・カーネルズで45試合に登板し、5勝5敗2セーブ・防御率3.45だった。

2012年はA+級インランド・エンパイア・シックスティシクサーズ英語版で6試合に登板し、5勝0敗・防御率2.16だった。

パドレス時代

2012年5月3日にエルネスト・フリエリとの1対2のトレードで、アレクシー・アマリスタと共にサンディエゴ・パドレスへ移籍した[1]。移籍後は傘下のA+級レイクエルシノア・ストームで8試合に登板し、5勝1敗・防御率1.74だった。6月にAA級サンアントニオ・ミッションズへ昇格。4試合に登板し、1勝1敗・防御率1.59だった。

2013年はAA級サンアントニオで28試合に登板し、8勝12敗・防御率3.53だった。オフの11月20日に40人枠に登録された[2]

2014年3月3日にパドレスと1年契約に合意した[3]。開幕ロースター入りし[4]、4月2日のロサンゼルス・ドジャース戦でメジャーデビュー。3点ビハインドの8回表2死から登板し、1.1回を投げ4安打1失点だった[5]。この年は16試合に登板し、1勝0敗・防御率4.75だった。オフの11月3日にDFAとなった[6]

カブス時代

2014年11月12日にウェイバー公示を経てシカゴ・カブスへ移籍した[7]。19日にDFAとなった[8] 後、40人枠を外れる形で傘下のAAA級アイオワ・カブスに配属された。

2015年6月27日にカブスへ昇格し、メジャー契約を結んだ。同日のセントルイス・カージナルス戦に先発で登板したが3回1/3を投げ、被安打8、失点4で降板し敗戦投手となった[9]。7月4日に25人枠を外れ[10]、10日にDFAとなった[11]

レッズ傘下時代

2015年7月13日にウェイバー公示を経てシンシナティ・レッズへ移籍した。8月23日にDFAとなった。

ブルージェイズ傘下時代

2015年8月25日にウェイバー公示を経てトロント・ブルージェイズへ移籍した[12]。40人枠には登録されたがメジャーでは1度も登板はなく、9月30日にDFAとなった[13]

マリナーズ時代

2015年12月5日にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結んだ。

2016年の開幕は傘下のAAA級タコマ・レイニアーズで迎えた。6月24日にメジャー契約を結んで25人枠入りし、同日のセントルイス・カージナルス戦で8回表に4番手で登板すると、1.2回を無失点に抑えてチームがサヨナラ勝ちしたため2年ぶりの勝利投手となった[14]8月6日にDFAとなった[15]

タイガース傘下時代

2016年8月9日にウェイバー公示を経てデトロイト・タイガースへ移籍し、傘下のAAA級トレド・マッドヘンズへ配属された[16]。タイガースではメジャーでの登板は無く、9月3日にDFAとなった。

アスレチックス傘下時代

2016年9月5日にウェイバー公示を経てオークランド・アスレチックスへ移籍し、傘下のAAA級ナッシュビル・サウンズへ配属された。オフの10月6日に40人枠から外れ、10月11日にFAとなった。

KTウィズ時代

2016年11月7日にKBOリーグKTウィズと契約。

2017年はKTで4勝15敗を記録し、韓国プロ野球の最多敗戦投手となった[要出典]。オフにFAとなった。

カブス傘下時代

2018年2月にシカゴ・カブスとマイナー契約を結んだ。

オリックス・バファローズ時代

2018年7月7日にNPBオリックス・バファローズとの契約が発表された[17]。8月12日に救援登板でNPB初勝利を挙げたが、前日に先発で登板しており(3回3失点で降板)志願登板での白星を手にした[18]。オフの12月2日に自由契約選手として公示された[19]

ホワイトソックス傘下時代

2018年12月30日にシカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結び、2019年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[20]

2019年はAAA級シャーロット・ナイツで18試合に登板して3勝6敗、防御率7.83の成績に終割った。オフの11月4日にFAとなった[20]

統一ライオンズ時代

2020年1月11日にCPBL統一ライオンズに入団する事が決まった。登録名は「洛奇」。

2020年は開幕から先発ローテ入りするも、5試合を投げ防御率11.35と打ち込まれ、5月13日に登録を抹消した[21]。その後は一軍に上がることなく、6月27日にFAとなった。

選手としての特徴・人物

最速153km/hの直球を軸とし、カットボールシンカーカーブスプリットと様々な変化球を駆使する[22]。制球力にも優れる[23]

口髭がトレードマーク[24]

ステフェン・ロメロジョー・ウィーランドとは旧知の仲であり、2018年途中にオリックス入団が決まると日本でプレーしていた2人と来日前に連絡を取り合ったという[22]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2014 SD 16100010001.00014030.13621514174017164.751.68
2015 CHC 110000100.000183.1801001004410.802.70
2016 SEA 4000020001.000285.171201210558.441.69
2017 KT 282811041500.211743165.020018600099101106864.691.58
2018 オリックス 11100002300.40022550.16321506190031285.011.55
2020 統一 550001400.20011923.041411011220332911.352.26
MLB:3年 2120003100.75018639.05131815205026255.771.77
KBO:1年 282811041500.211743165.020018600099101106864.691.58
NPB:1年 11100002300.40022550.16321506190031285.011.55
CPBL:1年 550001400.20011923.041411011220332911.352.26
  • 2020年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

NPB
CPBL

背番号

  • 39(2014年)
  • 62(2015年)
  • 63(2016年)
  • 33(2017年)
  • 42(2018年)
  • 50(2020年)

脚注

関連項目

外部リンク

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