ナイキゴージャス
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| ナイキゴージャス | |
|---|---|
| 欧字表記 | Nike Gorgeous[1] |
| 品種 | サラブレッド[1] |
| 性別 | 牡[1] |
| 毛色 | 黒鹿毛[1] |
| 生誕 | 1989年4月19日[1] |
| 抹消日 | 1994年4月1日[2] |
| 父 | スリルショー[1] |
| 母 | ブーニーズ[1] |
| 母の父 | Honey Jay[1] |
| 生国 |
|
| 生産者 | 社台ファーム[1] |
| 馬主 | 小野誠治[1] |
| 調教師 | 長沼正義(大井)[1] |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 13戦6勝[1] |
| 獲得賞金 | 1億8407万0000円[1] |
| 勝ち鞍 |
グランドチャンピオン2000(1992年) 東京盃(1992年) 青雲賞(1991年) |
ナイキゴージャス(Nike Gorgeous)[1]とは日本の競走馬、種牡馬。主な勝ち鞍に1992年の東京盃、グランドチャンピオン2000、1991年の青雲賞。
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1991年8月26日、大井競馬場でのサラ系3歳新馬戦でデビューし、1着。2戦目の一般戦2着をはさんで青雲賞で重賞を初めて制する。1992年初戦のゴールデンステッキ賞も勝利したが、続く京浜盃では牝馬カシワズプリンセスの6着に終わる。雲取賞は勝ったものの、続く黒潮盃では京浜盃に続いてカシワズプリンセスの3着となり、羽田盃でもカシワズプリンセスの2着に終わる。東京ダービーではカシワズプリンセスが1番人気に推される中[4]、レースでは逃げの手を打って最後の直線まで踏みとどまるも、ゴール寸前でグレイドショウリに交わされて2着に終わった[4]。初めての古馬との対戦となった7月27日の関東盃では第1コーナーで斜行し、1位で入線するも13着に降着[5]。続く9月30日の東京盃、10月19日のグランドチャンピオン2000を連勝し迎えた三冠最終戦の東京王冠賞では1番人気に推されたが、スタート直後につまずき、なんとか体勢を立て直すも最後方からの競馬になり、直線も伸びず7着に終わった[6]。その後故障し休養、復帰を目指すも結局断念し、1994年4月1日付けで地方競馬登録が抹消された[2]。
競走馬引退後は種牡馬となり。1994年から1997年までの3シーズン供用されて血統登録頭数6頭、出走頭数はそのうちの5頭を記録した[7]。種牡馬供用終了後の動向は不明。