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ニック・エバンス

アメリカの野球選手 (1986-) From Wikipedia, the free encyclopedia

ニコラス・レジナルド・エバンス(Nicholas Reginald "Nick" Evans, 1986年1月30日 - )は、アメリカ合衆国アリゾナ州マリコパ郡グレンデール出身の元プロ野球選手一塁手外野手)。右投右打。

生年月日 (1986-01-30) 1986年1月30日(40歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
220 lb =約99.8 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
ニック・エバンス
Nick Evans
楽天時代 (2014年8月6日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アリゾナ州マリコパ郡グレンデール
生年月日 (1986-01-30) 1986年1月30日(40歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手外野手
プロ入り 2004年 ドラフト5巡目(全体134位)でニューヨーク・メッツから指名
初出場 MLB / 2008年5月24日 コロラド・ロッキーズ
NPB / 2014年8月5日
KBO / 2016年4月1日 サムスン・ライオンズ
最終出場 MLB / 2014年7月27日
NPB / 2014年8月13日
KBO / 2017年10月1日 ハンファ・イーグルス
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
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経歴

メッツ時代

メッツ時代(2011年9月1日)

2004年MLBドラフト5巡目(全体134位)でニューヨーク・メッツから指名され、6月16日に契約。ルーキー級ガルフ・コーストリーグ・メッツで50試合に出場し、7本塁打27打点3盗塁、打率.258だった。

2005年はルーキー級キングスポート・メッツで15試合に出場後、7月にA-級ブルックリン・サイクロンズへ昇格。57試合に出場し、6本塁打33打点、打率.252だった。

2006年はA級ヘイガーズタウン・サンズで137試合に出場し、15本塁打67打点2盗塁、打率.254だった。

2007年はA+級セントルーシー・メッツで103試合に出場し、15本塁打54打点3盗塁、打率.286だった。

2008年はAA級ビンガムトン・メッツで開幕を迎え、5月24日にメッツとメジャー契約を結んだ[1]。同日のコロラド・ロッキーズ戦でメジャーデビュー。8番・左翼で先発起用され、4打数3安打2打点と活躍した。その後も先発起用されていたが、6月8日にAAA級ニューオーリンズ・ゼファーズへ降格。7月8日にメジャーへ再昇格した[2]。この年は50試合に出場し、2本塁打9打点、打率.257だった。

2009年3月1日にメッツと1年契約に合意。4月5日にAAA級バッファロー・バイソンズへ異動し、開幕をAAA級で迎えた。6月19日にメジャーへ昇格[3]。昇格後は一塁手として出場し、7月から左翼手に復帰。7月11日にAAA級へ降格した[4]8月25日にメジャーへ再昇格[5]。昇格後は主に代打として出場した。この年は30試合に出場し、1本塁打7打点、打率.231だった。

2010年3月10日にメッツと1年契約に合意。3月23日にAAA級バッファローへ異動し、AAA級で開幕を迎えた。7月9日にメジャーへ昇格[6]。昇格後は代打として2試合に出場したが、2打数無安打と結果を残せず、7月16日にAAA級へ降格した[7]。選手枠が拡大した9月5日にメジャーへ再昇格[8]。この年は20試合に出場し、1本塁打5打点、打率.324だった。

2011年3月3日にメッツと1年契約に合意したが、3月30日に40人枠を外れ、AAA級バッファローへ降格した[9]5月18日に再びメッツとメジャー契約を結び、8試合に出場したが、12打数無安打と結果を残せず、6月10日DFAとなり[10]6月14日にAAA級バッファローへ降格[11]7月7日に再びメッツとメジャー契約を結び[12]、9試合に出場したが、7月22日に再びDFAとなり、7月27日にAAA級バッファローへ降格。8月6日に再びメッツとメジャー契約を結んだ[13]。この年は59試合に出場し、4本塁打25打点、打率.256だった。オフの11月11日に40人枠を外れ、AAA級バッファローへ降格した。11月16日にFAとなった。

パイレーツ傘下時代

2011年11月30日ピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結んだ[14]

2012年はAAA級インディアナポリス・インディアンスで開幕を迎え、19試合に出場していたが、左手首の故障で5月に離脱。8月にルーキー級ガルフ・コーストリーグ・パイレーツで復帰したが、2試合の出場にとどまった。オフの11月3日にFAとなった。

ダイヤモンドバックス時代

2012年11月20日ロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだ。

2013年3月18日に放出され、3月29日アリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結んだ。この年はAA級モービル・ベイベアーズで133試合に出場し、19本塁打81打点2盗塁、打率.267だった。

2014年はAAA級リノ・エーシズで開幕を迎え、開幕後は44試合に出場。11本塁打44打点、打率.335と好成績を残し、5月28日にダイヤモンドバックスとメジャー契約を結んだ[15]。昇格後は18試合に出場し、2本塁打7打点、打率.273だった。7月28日に放出された[16]

楽天時代

2014年7月30日に東北楽天ゴールデンイーグルスと契約に合意した[17]。8月5日の千葉ロッテマリーンズ戦(QVCマリン)で初出場。翌6日には初安打と初打点を挙げるが、その後は全く結果を残せず。わずか5試合の出場(18打数2安打)にとどまり、同年シーズン終了を以って退団[18]

ダイヤモンドバックス復帰からパドレスへ

2014年11月20日にダイヤモンドバックスとマイナー契約を結ぶ。

2015年オフに自由契約となり、11月23日にサンディエゴ・パドレスとマイナー契約を結ぶ。

斗山時代

2016年1月25日、韓国プロ野球斗山ベアーズと契約。2016年は118試合に出場し、打率.308、24本塁打、81打点を記録しレギュラーシーズン優勝に貢献すると、韓国シリーズでも16打数7安打1打点の成績で優勝に貢献した[19]。翌2017年も27本塁打を放ったが、この年限りで退団した。

現役引退後

2019年にアリゾナ・ダイヤモンドバックス傘下A+級バイセイリア・ローハイドの打撃コーチに就任[20]2021年はルーキー級アリゾナリーグ・ダイヤモンドバックスのコーチを務めた[21]2022年からはAAA級リノ・エーシズの打撃コーチを務める[22]

詳細情報

年度別打撃成績

さらに見る 年 度, 球 団 ...
















































O
P
S
2008 NYM 50119109182810024490002721241.257.303.404.706
2009 3069655155112570000400204.231.275.385.660
2010 2037365113011750000100101.306.324.472.797
2011 5919417626451024712501021501486.256.314.403.718
2014 ARI 182322262021470000100100.273.304.636.940
楽天 518180200021000000070.111.111.111.222
2016 斗山 118481400691233102422681000769059010.308.410.565.975
2017 1385815148215219027252902003610311415.296.372.490.862
MLB:5年 1774424085610530310171530104282211212.257.305.419.724
NPB:1年 518180200021000000070.111.111.111.222
KBO:2年 25648191415127550051478171200101300820425.301.389.523.912
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  • 2017年シーズン終了時

記録

NPB

背番号

  • 6 (2008年 - 2011年)
  • 28 (2014年 - 同年途中)
  • 3 (2014年途中 - 同年終了)
  • 44 (2016年 - 2017年)

脚注

関連項目

外部リンク

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