ニュージーランドの地名
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ニュージーランドの地名(ニュージーランドのちめい、New Zealand place names)では、太平洋南西部(ポリネシア)に位置する国家、ニュージーランドの地名について詳述する。
ニュージーランドの地名の多くは、マオリまたはイギリスに由来する。いずれも、著名な人物や出来事、故郷の地名、自分たちの船の名前にちなんで命名したり、周辺の地形や景観を表すために名づけたりした。ヨーロッパ人到来以前、マオリがニュージーランド全体を指す名称を持っていたかは定かではないが、植民地化以後はアオテアロア(マオリ語で「長く白い雲のたなびく国」の意)が国全体を指す名称として用いられてきた。オランダの地図製作者たちは、オランダ語の「Nieuw Zeeland」(オランダのゼーラント州)のラテン語訳に因み、この島々を「Nova Zeelandia」と名付けた。その後イギリス人による探検の時代までには、この国名は英語化され、「New Zealand」という名称に落ち着いた。
18世紀後半から19世紀前半にかけて、初期のマオリ語地名の多くはヨーロッパ人によって置き換えられた。1894年の立法と、1946年のニュージーランド地理委員会設立を機に、本来のマオリ語地名を復活・奨励する動きが生まれたが、綴りの違いや英語化した発音は残り続けた。現在では多くの地名が英語名とマオリ語名の両方を持ち、まれにマオリ語同士、あるいは英語同士の二重名となっているケースもある。大半の地名は正式名称にはなっていないが、権威ある出版物に載っていれば記録名として扱われる。ニュージーランドの口語的地名には、その土地の娯楽性を皮肉ったものや、広告のキャッチコピーをもじったもの、正式名称を短縮したものがある。また、「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのヒットに便乗し、ゆかりの地として映画との結びつけを図ろうとした地域も存在する。

ヨーロッパ人到来以前、ニュージーランド全体を指すマオリ語名は確認されていないが、マオリは北島と南島に対して複数の名称を持っていた。北島は「Te Ika-a-Māui」(「マウイの魚」の意)、南島は「Te Waipounamu」(ポウナムの水)または「Te Waka o Aoraki」(アオラキのカヌー)と呼ばれていた[1]。また20世紀初頭まで、マオリは北島をアオテアロア[2]とも呼んでおり、現代マオリ語では、この語が国全体の名称となっている[3]。 オランダの探検家アベル・タスマンは、1642年にニュージーランドを目にした最初のヨーロッパ人である。タスマンはこの地を、オランダ議会に敬意を表して「Staten Land」と名付け、「この土地が Staten Land に続いている可能性はあるが、確かではない」と記している[4]。ここでいう「Staten Land」とは、1616年にヤコブ・ルメールが発見した南アメリカ南端の同名の島、ロス・エスタード島を指していた。[5][6]。1643年、ヘンドリック・ブラウエルが南アメリカのロス・エスタードス島が独立した島であることを証明すると、その後オランダの地図製作者たちは、タスマンの発見地をゼーラント州にちなんで、ラテン語で「Nova Zeelandia」と改名した[7][8]。この名はその後、オランダ語で「Nieuw Zeeland」になった。英語化されて「New Zealand」になった正確な時期は不明だが、1768年にイギリスの探検家ジェームズ・クックが最初の探検航海に出る際、イギリス海軍本部から与えられた命令書には、「……前述の緯度と南緯35度との間を西へ進み、これを発見するか、あるいはタスマンが発見し現在『New Zeland』と呼ばれる土地の東岸に達するまで進め」と記されている[9]。 1840年の特許状では、ニュージーランドをイギリス植民地として定め、当時一般的に知られていた名称で「主要な島々」として領有を宣言した。すなわち、北島、「the Middle Island」(南島)、スチュアート島または「South Island」である[10][11]。この特許状は、島々の名称をニューアルスター州、ニューマンスター州、ニューレンスター州へと改めようとするものであった。これらの州名はアイルランドの地方にちなむ名称であった[10]。ニューアルスター、ニューマンスター、ニューレンスターは当初のニュージーランドの地方の名称としても使われたが、定着しなかった。1830年代には「South Island」が 「Middle Island」(現在の南島)の代替名として用いられ、1907年には一般的な名称となった。北島、南島という名称は、公式な宣言によるものではなく、慣用として自然に根付いたものであり[12]、2009年になって初めて正式化されていなかったことが明らかになった[13][14]。 2013年には、英語名またはマオリ語名のいずれか、あるいは両者の組み合わせを使用できるようになり、二つの主要島に対する別名も使用が認められ、北島は「North Island」または「Te Ika-a-Māui」、南島は「South Island」または「Te Waipounamu」として正式に命名された[15]。
マオリ語地名
| ara | 道・道路 |
| awa | 川 |
| hau | 風 |
| manga | 小川 |
| maunga | 山 |
| moana | 海・海洋 |
| motu | 島 |
| nui | 大きい |
| ō | 〜の場 |
| one | 泥・砂・浜 |
| puke | 丘 |
| roto | 湖 |
| wai | 水 |
| whanga | 湾 |
マオリ語地名の多くは、歴史的・神話的な意味を持っており、その由来は口承伝承によって受け継がれてきたものもある[17][18]。ヨーロッパ人到来以前、地名は著名な出来事や歴史的事件を記念したものやその土地の特徴を描写したもの、またはハワイキの地名や神話に由来していた。ヨーロッパ人到来後、多くの場所はヨーロッパ語をマオリ語風に音写した名称や、元のマオリ語名を不正確に発音・短縮したような名称が広まっていた[17]。
初期探検者による命名
クペ、ンガフエ、トイ・テ・フアタヒのような初期マオリの探検者たちは、ニュージーランド沿岸の多くの地形に名を付けた。後のヨーロッパ人探検者と同じく、彼らは自分自身や家族、また新たに発見した土地で起きた出来事にちなんで地名を名付けた。たとえばカフマタモモエは、その地域の所有権を主張するために立てたマヌカの杭にちなんでマヌカウ港と名付け、カイパラ港はそこで食べたプティサナ・サリシナにちなんだ名称である[19](「kai」は「食べ物」または「食べる」を意味する)。ウェリントン港のマオリ語名「Te Whanganui a Tara」(「タラの大いなる港」の意)は、クペの孫であり故郷であるイウィの祖先であるタラに由来する[20]。マオリのカヌーで訪れられた他の島々の名称も、ニュージーランドの地名の一部に取り入れられている。たとえばララトカ島(ラロトンガ島に由来)や「Tawhiti」(タヒチ島に由来)である。ファカタネ、ランギトト島、タウポ、テ・ウレウェラ、ノンゴタハ、ティキタプ湖はいずれも、初期の到来時に起きた出来事を記念する名称だが、その多くは今では忘れられている[17]。
土地の描写に由来する地名
マケトゥとモエハウ山脈は、ハワイキの土地と結びつく数少ない現存地名である。地名の一部としてそのたちの様子を描写する語が使われることも多い[16]。ワンガヌイは「広い川口」を意味し、ワイカナエは「kanae」すなわちボラを獲るのに適した水を示している[21]。
キリスト教の影響
ヨーロッパ人の到来はマオリ社会にキリスト教をもたらし、それに伴い聖書ゆかりの地名を持つ集落が各地に誕生した。エルサレム、ベイ・ビュー、パカ・ベイはそれぞれ聖書のエルサレム、ベタニア、サマリアにちなんでいる。また、ラナナ、アテネ、カレポニアという集落名は、ロンドン、アテネ、カリフォルニアをマオリ語で近似的に表したものである[22]。
チャタム諸島の地名
マオリの子孫であるモリオリ人は[23]、1500年ごろにニュージーランド本島東方沖のチャタム諸島へ移住し、そこを「Rēkohu」(「霧の太陽」の意)と名付けた。1835年以前のある時点で本土のマオリが「Rēkohu」に入植すると、主島の名称と集落名「Wharekauri」が混同されるようになり、その後マオリの間ではこの島は「Wharekauri」として知られるようになった[24]。
植民地化後の承認
ニュージーランドの地名については、ロンドンの王立地理学会が法的な管轄権を持っていたが、1894年の地区指定法により、その権限はニュージーランド総督へ移された[18]。この法律には、ジョセフ・ウォードの提案した規定が含まれており、新規命名や改称には元来のマオリ語名を優先することとされていた。また、綴りが誤っていたり、訛ったりしたマオリ語地名を、正しいマオリ語へ変更することも認めていた[25]。1924年には、政府によってニュージーランド名誉地理委員会が設置され、地名に関して助言を行うようになった。1946年のニュージーランド地理名委員会法は地区指定法を廃止し、地名を付与・変更する権限を持つニュージーランド地理委員会(NZGB)を設立した[18]。地名の提案は誰でも委員会に行うことができ、委員会は地元マオリと協議し、一般からの意見を募った上で、その名称を正式名とするかどうかを決定する[26]。地名は議会制定法によって正式化されることもある。またNZGBは、ニュージーランドにおけるすべての公式地理名称の公開一覧を維持する義務を負っている[18][27]。 NZGBはマオリ語地名を重視しており、時間の経過とともに変化した地名については元来のマオリ語名への復元を目指している。両方の名称が等しく重要とみなされる場合には、その土地に二重名または別名が与えられることがある。委員会は、地名は単一名であることを望み、最終的にはマオリ語名のみを使うことを目指している[28]。別名とは、公式にはどちらの名も使用可能である場合を指し、たとえば「北島」と「Te Ika-a-Māui」がその例にあたる[29]。一方「二重名」とは、両方の名称を一緒に用いるべき場合を指し、マティウ・サムス島などがその例である[25]。1998年、ニャイ・タフによるワイタンギ条約に基づく請求及び和解の結果、ニュージーランド最高峰の正式名称はクック山となった[30]。なお、英語同士の二重名も少数あり、ウェリントン港は公式にはニコルソン港としても知られている[31]。 マオリの諸団体は、綴りや発音が不正確なマオリ語地名を正すための活動を続けてきた。2000年には、ウェリントン郊外ハタイタイを「Whataitai」(伝説によればウェリントン港に住んでいた海の怪物であるタニファ)へ改称するという地元イウィの提案を、地理委員会が退けた[32]。2009年、NZGBは「Wanganui市」を「Whanganui市」に改称するよう勧告した。これは、もともとの町名がワンガヌイ川に由来し、「wanga」という語がマオリ語の語彙に存在しないためである[32]。その後政府は2009年末に、「Whanganui」と「Wanganui」の両方を公式な別名として認める決定を下した[33]。「Wanganui」という綴りは、地元マオリの方言発音を反映して生じた可能性がある。マオリは'wh'(他方言では「f」に近い音)を[ˀw]、すなわち声門化した“w”と発音する[34]。
ヨーロッパ由来の地名

タスマンは、ニュージーランド西海岸を航海しながら、複数の土地に名を付けた。マリア・ヴァン・ディーメン岬(バタヴィア総督の妻にちなむ)やスリーキングズ諸島のような名称は現在も使われているものの、ゴールデン湾は定着しなかった。ジェームズ・クックの航海では、プレンティ湾、アイランズ湾、ポバティ湾、フェアウェル岬、クイーン・シャーロット湾、タラナキ山、バンクス半島など、さらに多くの土地に名をつけた。キッドナッパーズ岬は、クックの乗組員の一人をマオリが攫おうとした出来事を記念する名称である。ジュール・デュモン・デュルヴィルは、自らそこを航行したことからフレンチ・パスと名付けた。探検家の名を冠した地名も多く、タスマン山、タスマン氷河、タスマン地方、クック海峡、クック山、デュルヴィル島などがその例である。
船や人物にちなむ命名
コロマンデル、チャタム、ペガサスという3隻の船が1791年から1820年の間にニュージーランド沿岸を訪れ、それぞれコーラマンデル半島、チャタム諸島、ペガサス湾、ペガサス港の地名として残された。スチュアート島はペガサス号の一等航海士の名にちなんでいる[35]。 ヨーロッパ系の地名の大半は1840年代から1910年代にかけて付けられ、植民協会や州政府のために働いていた測量士たちによって付けられた。命名の対象は多岐に渡り、植民協会の後援者(ハット・バレー、ウェイクフィールド、ポート・チャーマーズ、アシュバートン)、船(ボンベイ・ヒルズ)、政府高官(フェザーストン、ロルストン、インバーカーギル)、政治家(フォックストン、フォックス氷河、ギズボーン)、教会指導者(セルウィン)などが挙げられる[36]。
軍人・王族・都市名にちなむ命名
軍事的英雄や著名な戦いも人気のある地名の由来として人気が高く、オークランド、ネーピア、ヘイスティングズ、ハブロック、ウェリントン、ピクトン、マールボロ地方、ネルソン、ブレナム などにその影響が見られる。イギリスの政治家や王族の名は、ラッセル、パーマストン、クロムウェル、クイーンズタウン、アレクサンドラ に残されており、フランツ・ジョセフはオーストリア皇帝にちなんだ名称である。王室に由来する名称は町名や自然地名よりも通り名に多いが、オークランドにもウェリントンにもそれぞれビクトリア山がある。ゴアはトーマス・ゴア・ブラウン総督にちなみ、ジョージ・グレイの名はグレイタウン、グレイマウス、グレイリンや多くの自然地形に使われている。イギリスの都市名に由来する地名は比較的少なく、代表例はダニーデン(エディンバラのスコットランド・ゲール語名「Dùn Éideann」に由来[37])、ニュープリマス、カンタベリー地方などがある[38]。
入植者の出身地を映す地名
内陸部の地名の多く(へレンズビル、ダーガビル、モリンズビル、ブルズ、マスタートン、レビン など)は初期入植者にちなんでいる。マッケンジー盆地は羊泥棒として知られるマッケンジーに由来し、キング地方はマオリ王が長年にわたり植民地政府に抵抗した地域であることを示している。 山や峠は、その発見者(ハースト、ルイス)や科学者(ニュートン、ライエル)にちなんで名付けられており、ウッドビル、アイランド湾、リバートン、ホワイトクリフス、ブラフのように、地形を描写した地名も見られる[39]。英語でもマオリ語でもない言語に由来する地名も存在し、ミラマーはスペイン語で「海の眺め」を意味し、インチボニーはスコットランド・ゲール語の「innis(島)」とローランド・スコットランド語の「bonnie(美しい)」を組み合わせた名称である[要出典]。 オタゴ地方とサウスランド地方にはスコットランド系の名称が多く見られ(ラマローズ、インバーカーギル、ウェダーバーン、グレンファロックなど)、スコットランド系移民はリッカートンやクライストチャーチのエイヴォン川にも名を与えた。カンタベリー地方の地名体系はクライストチャーチやオックスフォードに見られるようにイングランド色が強いが、ベルファストや、アカロア周辺に散在するフランス語系地名も含まれる。スカンジナビア系移民はセブンティ・マイル・ブッシュ地域にダネバークやノースウッド[39]を残し、オークランドやウェリントンの一部の郊外・通り名にはオーストラリアからの移住の影響が見られる(フットクレイやボタニー・ダウンズなど)。アジア系の影響は限られており、ウェリントンのカンダラやクライストチャーチのカシミア(カシミール)は、インドとの直接の影響というより、イギリス帝国のつながりを反映している[40]。
非公式な地名
ニュージーランドの地名の多くは、NZGBによって正式承認されていない。その理由は、農場や灯台など委員会の管轄外にある地物の名称であるか、あるいは委員会の設立以前から一般に使われていた名称がそのまま正式化されなかったためである。非公式な「記録名」とは、「少なくとも2つの公に利用可能な権威ある出版物またはデータベースに掲載された名称」と定義されており[27]、大都市(ウェリントン、オークランド、ハミルトン、クライストチャーチ)、山岳(タスマン山、ダンピア山)、島(オークランド諸島、グレート・バリア島)など、多くの地理的特徴の名称がこれに含まれる[n 1]。
国全体の口語的名称
ニュージーランド諸島全体およびその各地には、長年にわたってさまざまな口語的名称が付けられてきた。19世紀末には「マオリランド」や「神に恵まれた土地」が非公式名称として使われており[43][44]、前者は労働運動の中で広く普及し、1910年から1930年代にかけて『マオリランド・ワーカー』という労働新聞も発行されていた。「神に恵まれた土地」を広めたのはリチャード・セドン首相(在任1893–1906)で、この二つの名称は20世紀のうちに廃れていったが、「Godzone」という短縮系は今でも時おり見られる[45]。国名のラテン語風表現には「Zealandia」や「Nova Zealandia」があり[46]、2015年ごろから、英語・マオリ語混合表現の「the motu」という口語表現も一部のニュージーランド人に使われるようになった[47][48]。
都市の愛称
多くの都市や町には、その土地の特徴や、宣伝上の売りを反映した愛称がある。クライストチャーチはガーデン・シティとして親しまれ[49]、オークランドは一般に「帆の街」(city of sails)として知られる[50]。ハミルトンは、市の標語候補として「Hamiltron: City of the Future」が提案されたことから「the Tron」という愛称を得た[51]。ウェリントンは、強く変わりやすい風から「windy city」として知られている[52]。
「ロード・オブ・ザ・リング」との結び付き

ピーター・ジャクソン監督による「ロード・オブ・ザ・リング」の公開後、ニュージーランドは映画の舞台にちなんで「中つ国」と呼ばれるようになった。映画制作の中心地であったウェリントンも時に中つ国と呼ばれ、第一作の公開前後約1週間、地元紙イブニング・ポストは紙名を『ミドル・アース・ポスト』に変更した。多くのホビット庄のシーンの撮影地に近い町マタマタも、非公式に自らを「ホビット」と呼ぶようになった[53]。ウェリントンで映画産業が発展したことにより、ウェリウッドという愛称も生まれたが、空港近くに「ハリウッド」風の看板を設置する案は、市民の反対や著作権侵害のおそれから撤回された[54]。
「ベガス」とその他の愛称
一部の地域共同体は、自分たちをより刺激的な都市ラスベガスと結びつける皮肉な愛称を持っている。たとえばロトルアの「ロトベガス」[55]、アシュバートンの「アシュベガス」、インバーカーギルの「インバーベガス」[56]、ストークス・バレーの「ストークスベガス」などがその例である[57]。 また、省略形やマオリ語名の崩しに基づく愛称・通称も多く、タラナキ地方を「The Naki」[58]、パーマストンノースを「Palmy」、ギズボーンを「Gizzie」、カードローナを「Cardie」[59]、パラパラウムを「Paraparam」、ワイマカリリを「Waimak」、パエカカリキを「Pie-cock」と呼ぶことがある[3]。ワイヌイオマタは「the Nui」とも呼ばれる[60]。 ワイキカムカウは、ニュージーランドの小さな田舎町や土地を指す、一般的でやや軽蔑的な架空地名である[61]。