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ネイサン・カーンズ

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ネイサン・アラン・カーンズ(Nathan Alan Karns, 1987年11月25日 - )は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州ベナンゴ郡フランクリン(英語版)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。

出身地 ペンシルベニア州ベナンゴ郡フランクリン(英語版)
生年月日 (1987-11-25) 1987年11月25日(38歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
230 lb =約104.3 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
ネイト・カーンズ
Nate Karns
シアトル・マリナーズ時代
(2016年4月15日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ペンシルベニア州ベナンゴ郡フランクリン(英語版)
生年月日 (1987-11-25) 1987年11月25日(38歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
230 lb =約104.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 MLBドラフト12巡目
初出場 2013年5月28日
最終出場 2019年4月8日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
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MLBでの登録名はネイト・カーンズ(Nate Karns)であり、日本メディアでもネイトと表記される事が多い。

経歴

プロ入り前

2006年のMLBドラフト10巡目(全体309位)でヒューストン・アストロズから指名されたが、入団せずにテキサス工科大学へ進学した[1]。

プロ入りとナショナルズ時代

2009年のMLBドラフト12巡目(全体352位)でワシントン・ナショナルズから指名され[2]、8月17日に契約した[3]。

2010年は肩の手術を行い、そのリハビリのため、マイナーでも登板はなかった。

2011年にルーキー級ガルフ・コーストリーグ(GCL)のGCLナショナルズ(英語版)でプロデビュー。その後ショートシーズンA級オーバーン・ダブルデイズに昇格。2チーム合計で13試合に登板し、3勝2敗、防御率2.28の成績を挙げた[4]。

2012年はA級ヘイガーズタウン・サンズ(英語版)で11試合に登板し3勝0敗、防御率2.03、A+級ポトマック・ナショナルズで13試合に登板し8勝4敗、防御率2.26を記録し、この年の「Nationals minor league pitcher of the year」に選出された[5]。オフの11月20日にメジャー契約を結び40人枠入りを果たした[6]。

2013年5月28日にメジャー初昇格を果たし、同日のボルチモア・オリオールズ戦に先発してメジャーデビュー。4.1回を3失点で降板し、勝敗はつかず。6月2日のアトランタ・ブレーブス戦で4.2回を投げ4失点を喫し、チームは3対6で敗れ初黒星となった。6月12日にAA級ハリスバーグ・セネターズに降格した[7]。この年は3試合に先発登板し、0勝1敗、防御率7.50という成績だった[4]。

レイズ時代

2014年2月13日にホセ・ロバトン、フェリペ・リベロ、ドリュー・ベッテルソンとのトレードで、タンパベイ・レイズへ移籍した[8]。この年も登板機会には恵まれず、2試合に先発登板してプロ初勝利となる1勝を挙げるにとどまった[4]。

2015年は、先発ローテーションの一角として27試合に登板(うちリリーフ1試合)した。7勝5敗、防御率3.67という成績を記録し、147.0イニングで145個の三振を奪い、8奪三振率8.9をマークするなど大ブレイクした。また、7月21日のフィラデルフィア・フィリーズ戦ではメジャー初安打及びこの試合唯一の得点となるソロ本塁打を放ち、投げては5回無失点で勝利投手となった[9]。

マリナーズ時代

2015年11月5日にブラッド・ミラー、ローガン・モリソン、ダニー・ファーカーとのトレードで、C.J.リーフェンハウザー、ブーグ・パウエルと共にシアトル・マリナーズへ移籍した[10]。

2016年は先発ローテーションとして期待されたが、リリーフに配置転換された。しかし、腰痛のため7月29日を最後に戦線離脱し、残りシーズンを全休した。最終的に22試合(うち先発15試合)に登板し、6勝2敗1セーブ、防御率5.15、WHIP1.48という成績に終わった[4]。

ロイヤルズ時代

2017年1月6日にジャロッド・ダイソンとのトレードで、カンザスシティ・ロイヤルズへ移籍した[11]。この年は9試合(先発8試合)に登板して2勝2敗、防御率4.17、51奪三振を記録した。

2018年は肘の炎症で全休した。オフの10月31日にFAとなった[12]。

オリオールズ時代

2019年2月7日にオリオールズと1年80万ドル(インセンティブあり)の契約を結んだ[13]。7月26日にDFAとなり[14]、8月2日にマイナー契約で傘下のAAA級ノーフォーク・タイズへ配属された[4]。8月7日に自由契約となった[4]。この年限りで現役を引退した。

詳細情報

年度別投手成績

さらに見る 年 度, 球団 ...
年

度
球

団
登

板
先

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完

投
完

封
無
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球
勝

利
敗

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セ
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ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

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打

者
投
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回
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安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
2013 WSH 330000100.0006112.0175601110011107.501.92
2014 TB 220001100.5004912.0734021300664.500.92
2015 27260007500.583621147.013219561514515062603.671.28
2016 SEA 22150006210.75041794.1951145131015155545.151.48
2017 KC 980002200.50018845.14191312512021214.171.19
2019 BAL 420000100.000255.170301510100.001.88
MLB:6年 6756000161210.5711361316.0299471273143262311561514.301.35
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  • 2021年度シーズン終了時

背番号

  • 57 (2013年)
  • 51 (2014年 - 2015年)
  • 13 (2016年)
  • 55 (2017年)
  • 36 (2019年)

脚注

関連項目

外部リンク

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