ハイメ・アジョビ
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| 名前 | ||||||
| 本名 | ハイメ・ハビエル・アジョビ・コロソ | |||||
| ラテン文字 | Jaime Ayoví | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1988年2月21日(38歳) | |||||
| 出身地 | エスメラルダス県エロイ・アルファソ | |||||
| 身長 | 186cm | |||||
| 体重 | 81kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
| |||||
| ポジション | FW(CF) | |||||
| 背番号 | 18 | |||||
| 利き足 | 両足 | |||||
| ユース | ||||||
| 2004-2005 |
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| 2005 |
→ | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2006-2010 |
| 75 | (26) | |||
| 2009 |
→ | 34 | (7) | |||
| 2011 |
| 12 | (5) | |||
| 2011-2013 |
| 33 | (8) | |||
| 2012-2013 |
→ | 15 | (8) | |||
| 2013-2015 |
| 8 | (1) | |||
| 2013 |
→ | 15 | (8) | |||
| 2014 |
→ | 13 | (9) | |||
| 2015-2016 |
| 59 | (26) | |||
| 2017-2018 |
| 35 | (21) | |||
| 2018-2020 |
| 21 | (12) | |||
| 2020 |
| 8 | (0) | |||
| 2020 |
| 9 | (0) | |||
| 2021 |
| 13 | (8) | |||
| 2021 |
| 17 | (1) | |||
| 2022- |
| 15 | (2) | |||
| 代表歴2 | ||||||
| 2010-2016 |
| 40 | (10) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2022年7月18日現在。 2. 2018年4月19日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
ハイメ・ハビエル・アジョビ・コロソ(スペイン語: Jaime Javier Ayoví Corozo、スペイン語発音: [ˈxaime aʝoˈβi]、1988年2月21日 - )は、エクアドルのサッカー選手。元エクアドル代表。ポジションはFW。
クラブ
2005年、CDパラディンに所属していた時にいとこのワルテル・アジョビのすすめでCSエメレクのトライアウトに参加[1]。ここで好印象を残し18歳で4年契約を結び選手となった。この頃はその体格の良さにも関わらず、ボール捌きとスピードに長けている事、そして本人が中央よりもサイドを好んだ事から、センターフォワードではなくウィンガーとして活躍していた。その後2009年に出場機会を求めてマンタFCに期限付き移籍、32試合7得点の結果を残した。しかしエメレクのフロントは彼をもう1シーズン期限付き移籍に出そうと画策していたが、新監督のホルヘ・サンパオリが彼の動画を見てメンバーに欲しいと言ったため、エルナン・ペイローネの控えではあったものの無事エメレクに復帰した。2010シーズンが始まるとペイローネをすぐにベンチに追いやってレギュラーの座を掴んだ。
2011年にリーガMXのデポルティーボ・トルーカFCに3年契約で移籍[2]。出場2試合目で初得点を記録する好調な出だしとなった。この好調さにCFパチューカが目をつけて僅か半年で同クラブに移籍。6月31日に初得点を決めたが、その後は伸び悩みサウジ・プロフェッショナルリーグのアル・ナスルへ期限付き移籍する事となった。2012年9月29日にサウジ・プロフェッショナルリーグ初得点を記録し、1試合2得点も2回決めたが、全治8ヶ月の重傷を負ったために期限付き移籍は途中で打ち切られた。
2013年の初めにクラブ・ティフアナに移籍、怪我からの完全回復のために即座にLDUキトに1シーズンの期限付き移籍となった。LDUキトでは背番号11番を与えられ、8月17日に初得点を記録した。2014年初めにティフアナに復帰すると、3月7日にティフアナで初得点をあげた[3]。しかし7月17日に構想外を告げられた[4][5]。このため8月14日にCDゴドイ・クルス・アントニオ・トンバに半年の期限付き移籍となった[6][7]。その後ゴドイ・クルスに完全移籍した。
2017年2月20日に中国サッカー・甲級リーグの北京人和足球倶楽部に移籍[8]。
代表
エクアドル代表監督がレイナルド・ルエダに代わると代表に招集されるようになり、2010年9月4日のメキシコ代表戦で初出場、この試合で初得点も決めた。
代表歴
出場大会
試合数
- 国際Aマッチ 40試合 10得点(2010年-2016年)[9]
| エクアドル代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 2010 | 4 | 1 |
| 2011 | 13 | 4 |
| 2012 | 7 | 3 |
| 2013 | 4 | 1 |
| 2014 | 2 | 0 |
| 2015 | 3 | 0 |
| 2016 | 7 | 1 |
| 通算 | 40 | 10 |
得点
| # | 日附 | 場所 | 対戦相手 | 得点 | 結果 | 大会 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 2010年9月4日 | 2–1 | 2–1 | 親善試合 | ||
| 2. | 2011年9月2日 | 1–0 | 5–2 | |||
| 3. | 2011年9月6日 | 2–0 | 4–0 | |||
| 4. | 2011年10月7日 | 1–0 | 2–0 | 2014 FIFAワールドカップ・南米予選 | ||
| 5. | 2011年10月12日 | 1–0 | 1–0 | 親善試合 | ||
| 6. | 2012年2月29日 | 1–0 | 2–0 | |||
| 7. | 2–0 | |||||
| 8. | 2012年8月15日 | 2–0 | 3–0 | |||
| 9. | 2013年11月19日 | 1–0 | 2–2 | |||
| 10. | 2016年6月12日 | 2–0 | 4–0 | コパ・アメリカ・センテナリオ |
