シカ・アノアイ

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リングネーム シカ
シカ・ザ・ワイルド・サモアン
ワイルド・サモアン・シカ
ワイルド・サモアン2号
ニックネーム 南海の獣人
身長 188cm
体重 130kg(全盛時)
シカ・アノアイ
シカ・アノアイの画像
1986年
プロフィール
リングネーム シカ
シカ・ザ・ワイルド・サモアン
ワイルド・サモアン・シカ
ワイルド・サモアン2号
ニックネーム 南海の獣人
身長 188cm
体重 130kg(全盛時)
誕生日 (1945-04-05) 1945年4月5日
死亡日 (2024-06-25) 2024年6月25日(79歳没)[1]
出身地 アメリカ領サモアの旗 アメリカ領サモア
トレーナー アファ・アノアイ
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シカ・アノアイLeati "Sika" Anoa'i1945年4月5日 - 2024年6月25日[1])は、アメリカ合衆国プロレスラー。アメリカ領の東サモア諸島出身。

アノアイ・ファミリーの総帥である兄のアファ・アノアイとのタッグチームワイルド・サモアンズThe Wild Samoans)での活動で知られる[2]。ロージーことマット・アノアイと、ローマン・レインズことジョー・アノアイの父親である[2]

日本ではアファと共に「南海の獣人」の異名で呼ばれた[3][4]

アファ・アノアイに続いて1970年代前半にデビューし、スチュ・ハートの主宰するカナダカルガリースタンピード・レスリングにてザ・サモアンズを結成。以降アファと共に1973年から1984年にかけて、ジ・アイランダーズおよびワイルド・サモアンズの名義でデトロイトアラバマテネシールイジアナジョージアニューヨークなど全米の主要テリトリーを転戦、各地のタッグ王座を再三獲得した。日本には、国際プロレスに3回、新日本プロレスに2回来日している[3]

シングルでは1980年3月24日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンにおいてボブ・バックランドWWFヘビー級王座に挑戦[5]1985年にアファとのフルタイムのチームを解散し、1986年から1988年までヒールのシングル・プレイヤーとしてWWFで活動[1]。初期はキング・イヤウケア、後にミスター・フジマネージャーに、カマラとも野獣コンビを結成した[6]。1988年3月27日のレッスルマニアIVでは、オープニング・アクトバトルロイヤルに出場している[7]1980年代末にはアラバマのCWFにて、ヨコズナこと甥のグレート・コキーナともタッグを組んだ。

引退後はフロリダ州ペンサコーラのインディー団体 "XW2000" の運営に携わっていた。2007年にはアファと共にWWE殿堂に迎えられた[8]

2024年6月25日、79歳で死去[1][9]。約2ヶ月後の8月16日には兄のアファも死去した[10]

得意技

獲得タイトル

スタンピード・レスリング

NWAデトロイト

NWAオールスター・レスリング

  • NWAカナディアン・タッグ王座(バンクーバー版):1回(w / アファ・アノアイ)[13]

ガルフ・コースト・チャンピオンシップ・レスリング

  • NWAガルフ・コースト・タッグ王座:2回(w / アファ・アノアイ)[14]

ジョージア・チャンピオンシップ・レスリング

  • NWAナショナル・タッグ王座:1回(w / アファ・アノアイ)[15]

インターナショナル・レスリング・エンタープライズ

ミッドサウス・レスリング・アソシエーション

  • ミッドサウス・タッグ王座:3回(w / アファ・アノアイ)[17]

ワールド・レスリング・フェデレーション / ワールド・レスリング・エンターテインメント

脚注

関連項目

外部リンク

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