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バイエル・レバークーゼン

ドイツのサッカークラブ From Wikipedia, the free encyclopedia

バイエル04レバークーゼン(Bayer 04 Leverkusen、正式名称: Bayer 04 Leverkusen Fußball GmbH)は、ドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン州レーヴァークーゼンを本拠地とするサッカークラブである。ドイツサッカーのトップリーグであるブンデスリーガに所属する。1958年から本拠地はバイ・アレーナである。

原語表記 Bayer 04 Leverkusen Fußball GmbH
愛称 Die Werkself (企業のチーム)
Die Schwarzroten (黒と赤)
クラブカラー     赤
    黒
創設年 1904年
概要 バイエル・レバークーゼン, 原語表記 ...
バイエル・レバークーゼン
原語表記 Bayer 04 Leverkusen Fußball GmbH
愛称 Die Werkself (企業のチーム)
Die Schwarzroten (黒と赤)
クラブカラー     赤
    黒
創設年 1904年
所属リーグ ドイツ・ブンデスリーガ
所属ディビジョン 1部(2025–26)
昨季リーグ順位 6位(2025–26)
ホームタウン レーヴァークーゼン
ホームスタジアム
バイ・アレーナ
収容人数 30,210
代表者 ドイツの旗 ヴォルフガング・ホルツホイザー
監督 デンマークの旗 カスパー・ヒュルマンド
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ
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1904年、レーヴァークーゼンに本社を置くドイツの製薬会社、バイエル社の従業員によって設立された。

以前は陸上競技や体操競技、バスケットボール、ボート、テニス、ホッケーなどに関わるスポーツクラブTSVバイエル04レバークーゼンの一部門であった。1999年にサッカー部門がクラブから分離し、現在は正式に独立した組織となっている。

2023-24シーズン、欧州の全てのリーグにおける公式戦連続無敗記録を51試合に更新した[1]。

概要

ブンデスリーガに所属。バイエルをスポンサーに持ち、資金提供を受けて補強を図ってきた。2002年にUEFAチャンピオンズリーグ、ブンデスリーガ、ドイツカップをあと一歩のところで逃し、全て準優勝に終わるという「準三冠」(シルバーコレクター) を達成したこともある。それ以来、他サポーターからネバークーゼン(英語版)と揶揄された時期もあった。

以降のチャンピオンズリーグの成績としては、2002-03シーズンに2次グループリーグ・ラウンドまで進出した他、2004-05シーズンにおいても決勝トーナメント1回戦まで進出している。このところは、チャンピオンズリーグよりもUEFAカップへの出場機会が多く、2005-06から2007-08シーズン間に3季連続で出場をし、2006-07、2007-08シーズンにおいてはベスト8まで進出している。UEFAクラブランキングでは2008-09シーズン終了時で32位につけている。

2007年夏、DFマヌエル・フリードリヒ、DFアルトゥーロ・ビダル、DFルカス・シンキエヴィッツなど、守備陣にレギュラークラスを多数確保し、VfLボーフムで得点王を獲得したFWテオファニス・ゲカスを迎え入れた。UEFAチャンピオンズリーグ出場権を目標に掲げたが、失点数の多さから敗戦は13を数え、UEFAチャンピオンズリーグのみならずUEFAカップ出場権も逃した。

2008年夏にはミヒャエル・スキッベ監督を解任し、フェラーSDの強い推薦によりブルーノ・ラッバディア新監督を迎えた。MFセルゲイ・バルバレス、MFカルステン・ラメロウらベテランが引退したが、MFレナト・アウグスト、DFエンリケ、FWパトリック・ヘルメスなど若手の逸材を多数獲得した。2008-09シーズンはDFBポカールで準優勝し、リーグ戦でも一時、首位に立ったが、後半戦に調子を落とし、9位に終わった。またこのシーズン、ホームスタジアムのバイ・アレナが改修工事のためエスプリ・アレーナを使用した。

21得点を挙げたFWパトリック・ヘルメスが2009年6月に靭帯断裂の大怪我を負い、2009-10シーズン開幕から半年を棒に振ったが、リヴァプールから獲得したDFサミ・ヒーピアが若手主体のチームに安定感をもたらした。2009-10シーズン前半戦9勝8分0敗で、ハンブルガーSV (1982-83) 、バイエルン・ミュンヘン (1988-89) に次ぐブンデスリーガ史上3チーム目の無敗での「冬の王者」になった。

2010-11シーズンは前シーズンで「冬の王者」となった勢いをそのままに2位と「準三冠」を達成した2001-02シーズン以来の躍進を遂げた。2011-12シーズンは躍進の立役者ユップ・ハインケス監督はバイエルンへ、アルトゥーロ・ビダルはユヴェントスへ引き抜かれ、フライブルクを躍進へと導いたロビン・ドゥット新監督を迎えた。開幕戦のマインツ戦 (0-2) を落とし、勢いに乗ることができず、2012年3月31日に行われたフライブルク戦 (0-2) で公式戦5連敗を喫したことをきっかけに解任された。結果的には優勝争いに絡むことなく、5位に終わった。

2012年4月からクラブOBのサミ・ヒーピアが監督に就任。しかし、指導者のトップライセンスを保持していないため、ユースチームの監督であったサシャ・レヴァンドフスキが名目上の監督となり、2015年夏までの二頭体制を組む。しかし成績不振の責任を問われ2014年4月5日にヒーピアは監督を解任され、レヴァンドフスキが暫定監督となった。

2014年7月、レッドブル・ザルツブルクを率いていたロガー・シュミットを監督に招聘し、前線から猛烈なプレスをかけに行く能動的なスタイルを確立[2]。さらに、グレミオから左SBのウェンデウを、シャルケ04からレンタルでDFキリアコス・パパドプーロスを、ASローマからレンタルでDFティン・イェドヴァイを、メガクラブから注目を集める逸材中の逸材であるMFハカン・チャルハノールらを獲得し、2部のアイントラハト・ブラウンシュヴァイクに期限付き移籍をしていたMFカリム・ベララビを復帰させ、戦力を充実させた。

2015年7月、メキシコ代表のハビエル・エルナンデスを獲得すると、シュテファン・キースリングと2トップを組みリーグ戦で17得点をあげて主力に定着した。

2018年から、日本のJリーグに所属するV・ファーレン長崎とアカデミー選手育成・指導者の強化を目的に育成業務提携する事を発表した。

2021年5月、ヤング・ボイーズでスイス・スーパーリーグで3連覇を果たしたジェラルド・セオアネを監督として招聘した[3]。DFBポカールではカールスルーエに敗北して2回戦敗退、ヨーロッパリーグではラウンド16でアタランタに敗北してラウンド16敗退となるもリーグ戦は1年を通じて安定した戦いをして19勝7分け8敗の勝ち点64でリーグ戦3位となり、来季のチャンピオンズリーグ出場権を得た。

2022年10月、チャンピオンズリーググループステージ第3節のポルト戦に敗北した後、ヴィルツやシックなど中心選手の負傷離脱によりリーグ戦も8試合1勝2分け4敗で降格圏の17位に沈んでいたこともあり、成績不振によりセオアネ監督を解任し[3]、後任にシャビ・アロンソを招聘した。シャビ・アロンソ招聘後もしばらく苦しむが、途中リーグ戦5連勝や9戦無敗などチームの立て直しに貢献した。チャンピオンズリーグはグループステージ3位で敗退するもヨーロッパリーグに回り、ヨーロッパリーグ準決勝ではジョゼ・モウリーニョ率いるローマに敗れるもレヴァークーゼンを21年ぶりのヨーロッパリーグベスト4に導き、リーグ戦も6位に滑り込み来季のヨーロッパリーグ出場権獲得に貢献した。

2023-24シーズンはチームにとって歴史的な一年となった。MFケリム・デミルバイ、FWムサ・ディアビと中心選手の放出は一部にとどまり、ユニオン・サン=ジロワーズからFWヴィクター・ボニフェイス、ボルシアMGからMFヨナス・ホフマン、サウサンプトンからMFネイサン・テラ、アーセナルからMFグラニト・ジャカ、ベンフィカからDFグリマルドを完全移籍で獲得し、バイエルンからDFヨシプ・スタニシッチを期限付き移籍で獲得した。

シャビ・アロンソ監督の下、開幕から公式戦で無敗を続け、リーグ戦では7試合を残してクラブ史上最多勝ち点の73に並んだ。第29節のブレーメン戦で5-0で勝利し、開幕から25勝4分とリーグ無敗の新記録を樹立するとともに、悲願のブンデスリーガ初優勝を達成し、ブンデスリーガ史上13クラブ目の優勝クラブとなり、バイエルン・ミュンヘンの12連覇を阻んだ[4]。

また4月18日に行われたUEFAヨーロッパリーグ準々決勝2ndレグのウェストハム戦を1-1で終えたことで、今シーズン開幕からの公式戦無敗記録を「44」まで伸ばし、欧州5大リーグ(プレミアリーグ、ラ・リーガ、セリエA、ブンデスリーガ、リーグ・アン)所属クラブにおける最長記録を樹立した[5]。

さらに5月6日のフランクフルト戦を5-1で勝利し、ベンフィカが持つ欧州無敗記録「48」に並ぶと[6]、5月9日のUEFAヨーロッパリーグ準決勝2ndレグでローマに2-2に引き分け、36年ぶりの決勝進出と共に公式戦49戦無敗の新記録を達成した[7]。5月18日、最終節のアウクスブルク戦に勝利し、ブンデスリーガ史上初の無敗優勝(インヴィンシブルズ)を成し遂げた[8]。欧州5大リーグではプレストン・ノースエンド(1888-89)、ビルバオ(1929-30)、レアル・マドリード(1931-32)、ACミラン(1991-92)、アーセナル(2003-04)、ユヴェントス(2011-12)に次ぐ7クラブ目の快挙となった[9]。

5月23日、UEFAヨーロッパリーグ決勝のアタランタ戦でアデモラ・ルックマンにハットトリックを許し敗戦した。これにより、公式戦連続無敗記録が「51」で途絶えた[10]。しかし、DFBポカール決勝ではブンデスリーガ2部所属のカイザースラウテルンに勝利し、31年ぶりに同大会を制した[11]。2023-24シーズンは国内2冠の快挙を達成して幕を閉じた。

2024-25シーズン、ヨナタン・ターやジェレミー・フリンポン、フロリアン・ヴィルツなどの主力選手やシャビ・アロンソ監督の流出の噂が絶えなかったが、主力選手の流出はホッフェンハイムに移籍したアダム・フロジェク、アタランタに買取OP付きレンタルで移籍したオディロン・コスヌの2選手にとどまった。一方、MFアレイシ・ガルシアを昨季クラブ史上初めてCL出場権獲得と躍進したジローナから、FWマルタン・テリエとDFジャニュエル・ベロシアンをスタッド・レンヌから、DFノルディ・ムキエレをPSGから獲得し、戦力アップに努めた。

リーグ戦開幕直前のDFLスーパーカップでは、テリエの一発退場もあり、昨季2位のシュツットガルトに一時逆転されるも、十八番の後半終盤のゴールで追いつき、PK戦の末、シュツットガルトを破り早くもシーズン1タイトル目を獲得した。ブンデスリーガ第2節では強豪RBライプツィヒと激突し、ロイス・オペンダの2ゴールなどで2点差を逆転されて2-3の逆転負けを喫して、2023-24シーズンの開幕節から続けてきたブンデスリーガ無敗記録が35で途絶えた[12]。

しかし、その後はリーグ戦でもコンスタントに勝ちを積み重ね、新フォーマットとなったUEFAチャンピオンズリーグのリーグフェーズではリバプールに0-4,アトレティコ・マドリードに1-2と破れるもACミランやセリエA王者インテル(インテルがリーグフェーズで敗北/失点したのはレヴァークーゼンのみ)に勝利を収め、決勝トーナメントにストレートインで進出した。CLのラウンド16ではバイエルンと激突しファーストレグは0-3で敗れ、シャビアロンソ体制では初めてバイエルン戦で敗北した。

直後のリーグ戦となったブレーメン戦ではヴィルツが負傷したこともあり、リーグ2敗目を喫した。ヴィルツの不在もあり、バイエルンとのCLラウンド16のセカンドレグでも0-2で敗れ、シャビ・アロンソ体制初の3連敗となった。

その後のポカール準決勝ビーレフェルト(3部)戦で1-2でジャイアントキリングを許す[13]。以降、リーグ戦ではバイエルンと差があったこともあり、シャビ・アロンソ監督や主力選手のシーズン後の去就問題が焦点となると、チームは徐々にモチベーションを失い、調子を落としていった。リーグ戦は3敗のみだったが、引き分けが12もあったことが響き、5月4日のフライブルク戦に引き分けたことでバイエルンの優勝が決まり、シャビ・アロンソ体制のラストシーズンは無冠で幕を閉じた。

2025-26シーズン、シャビ・アロンソの後任に前マンチェスター・ユナイテッド指揮官エリック・テン・ハグを迎えるも公式戦3試合で早々に解任[14]。後任にはデンマーク代表などを指揮した経験を持つカスパー・ヒュルマンドを招聘した。

タイトル

バイエル・レバークーゼンのサポーター(バイ・アレーナにて)

国内タイトル

国際タイトル

過去の成績

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シーズン リーグ戦 DFBポカール 欧州カップ
ディビジョン試勝分敗得失点順位
1979-80 ブンデスリーガ1部341281445613212位2回戦敗退
1980-81 3410101452533011位2回戦敗退
1981-82 34971845722516位3回戦敗退
1982-83 341091543662911位2回戦敗退
1983-84 34138135050347位1回戦敗退
1984-85 349131252543113位準々決勝敗退
1985-86 34151096351406位準々決勝敗退
1986-87 34167115638396位2回戦敗退 UC 2回戦敗退
1987-88 341012125360328位1回戦敗退 UC 優勝
1988-89 341014104544348位準決勝敗退 UC 1回戦敗退
1989-90 34121574032395位2回戦敗退
1990-91 341113104746358位2回戦敗退 UC 3回戦敗退
1991-92 381513105339436位準決勝敗退
1992-93 34141286445405位優勝
1993-94 34141196047393位準々決勝敗退 CWC 準々決勝敗退
1994-95 341310116251367位2回戦敗退 UC 準決勝敗退
1995-96 348141237383814位準決勝敗退
1996-97 3421676941692位1回戦敗退
1997-98 34141376639553位準々決勝敗退 CL 準々決勝敗退
1998-99 34171256130632位2回戦敗退 UC 2回戦敗退
1999-00 34211037436732位ベスト16 CL 1次GS敗退
UC 3回戦敗退
2000-01 34176115440574位ベスト16 CL 1次GS敗退
UC 3回戦敗退
2001-02 3421677738692位準優勝 CL 準優勝
2002-03 341171647564015位準決勝敗退 CL 2次GS敗退
2003-04 3419877339653位ベスト16
2004-05 3416996544576位2回戦敗退 CL ベスト16
2005-06 341410106449525位2回戦敗退 UC 1回戦敗退
2006-07 34156135449515位2回戦敗退 UC 準々決勝敗退
2007-08 34156135740517位1回戦敗退 UC 準々決勝敗退
2008-09 34147135946499位準優勝
2009-10 34151456538594位2回戦敗退
2010-11 3420866444682位2回戦敗退 EL ベスト16
2011-12 34159105244545位1回戦敗退 CL ベスト16
2012-13 3419876539653位ベスト16 EL ベスト32
2013-14 34194116041614位準々決勝敗退 CL ベスト16
2014-15 34171076237614位準々決勝敗退 CL ベスト16
2015-16 34186105640603位準々決勝敗退 CL GS敗退
EL ベスト16
2016-17 341181553554112位2回戦敗退 CL ベスト16
2017-18 34151095844555位準決勝敗退
2018-19 34184126952584位ベスト16 EL ベスト32
2019-20 3419696144635位準優勝 CL GS敗退
EL 準々決勝敗退
2020-21 341410105339526位ベスト16 EL ベスト32
2021-22 3419788047643位2回戦敗退 EL ベスト16
2022-23 34148125749506位1回戦敗退 CL グループステージ敗退
EL 準決勝敗退
2023-24 3428608924901位優勝 EL 準優勝
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現所属メンバー

ブンデスリーガ 2023-24シーズン 基本フォーメーション(3-4-2-1)
2026年2月2日現在[15]

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

ローン移籍選手

in

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

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out

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

歴代監督

歴代所属選手

脚注

外部リンク

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