グラニト・ジャカ

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ラテン文字 Granit Xhaka
生年月日 (1992-09-27) 1992年9月27日(33歳)
出身地 バーゼル
グラニト・ジャカ
アーセナルFCでのジャカ (2018年)
名前
ラテン文字 Granit Xhaka
基本情報
国籍 スイスの旗 スイス
アルバニアの旗 アルバニア
コソボの旗 コソボ
生年月日 (1992-09-27) 1992年9月27日(33歳)
出身地 バーゼル
身長 186cm[1]
体重 82kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 サンダーランドAFC
ポジション MF
背番号 34
利き足 左足
ユース
2000-2002 スイスの旗 FCコンコルディア・バーゼル
2002-2010 スイスの旗 バーゼル
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2008-2010 スイスの旗 バーゼルⅡ 37 (11)
2010-2012 スイスの旗 バーゼル 44 (2)
2012-2016 ドイツの旗 ボルシアMG 108 (6)
2016-2023 イングランドの旗 アーセナル 225 (17)
2023-2025 ドイツの旗 バイエル・レバークーゼン 66 (5)
2025- イングランドの旗 サンダーランド 12 (1)
代表歴2
2008-2010  スイス U-17 13 (1)
2009-2010  スイス U-18 3 (2)
2010-2011  スイス U-19 12 (3)
2010-2011  スイス U-21 5 (0)
2011- スイスの旗 スイス 143 (16)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年11月29日現在。
2. 2025年11月29日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

グラニト・ジャカGranit Xhaka , 1992年9月27日 - )は、スイスバーゼル出身のサッカー選手[2]プレミアリーグサンダーランドAFC所属。スイス代表。ポジションはMF

スイス代表における歴代最多出場記録の保持者[3]

両親はコソボより移民してきたアルバニア人である。バーゼル時代のチームメイトでアルバニア代表タウラント・ジャカは実兄。

2000年にスイスのFCコンコルディア・バーゼルのユースチームでキャリアをスタートさせた。2002年、兄タウラントと共にFCバーゼルに移籍した。2010年にトップチーム昇格し、UEFAチャンピオンズリーグ予選のデブレツェニVSC戦でプロデビュー。同時にプロ初ゴールも記録した。2011年5月15日、FCトゥーン戦で初得点を挙げた。

2012年5月18日、ドイツ・ブンデスリーガボルシア・メンヒェングラートバッハに5年契約で移籍[4]

2016年5月、アーセナルFCへ5年契約での加入が決定[5]。背番号は29番である。9月17日のハル・シティAFC戦でロングシュートを決め、アーセナルでの初ゴールを記録した[6]アーセン・ヴェンゲル監督の下では主力として活躍するも、細かいミスが散見され、失点に直結するミスも多かったため批判を浴びた[要出典]

2018年5月21日、2018-19シーズンより背番号をフランシス・コクランの退団により空いた34番に変更することが発表された[7]。通常主力が着ける若い番号ではなく敢えて現番号より大きい背番号に変更したことについて、34番はプロとして最初につけた番号であり背中と腕にタトゥーも彫っている思い入れのある特別な番号であると本人は説明している[8]。2018-19シーズンにウナイ・エメリが監督に就任すると2枚のボランチの一角として出場機会を得た。

2019-20シーズンはローラン・コシールニーの退団に伴いアーセナルの暫定的なキャプテンになった。2019年9月27日、選手間の投票により今季すでに6回ゲームキャプテンを務めたジャカを正式にキャプテンに任命したことをエメリ監督が明かした[9]。10月27日のクリスタル・パレスFC戦で交代時にサポーターからブーイングを浴びると耳に手を当てて挑発しキャプテンマークを叩きつけてユニフォームを脱ぎサポーターに向かって暴言を吐きながらスタジアム内に引き上げてしまった。10月31日、この行動は以前からSNS上でジャカ本人のみならず妊娠中の妻や子供に対してまでサポーターから心無い罵詈雑言が浴びせられていたことへのフラストレーションが引き金となったことをジャカはSNSで説明し謝罪した[10]。11月5日、この行動を問題視したエメリはジャカからキャプテンの座を剥奪してピエール=エメリク・オーバメヤンを新キャプテンとすることを明かした[11]退団の噂が絶えなかったが、この年の終わりに就任したミケル・アルテタ監督の説得によりクラブに留まることを決意。ダニ・セバージョスとともに中盤の一角を担い、クラブの14回目のFAカップ優勝に大いに貢献した。[要出典]

2020-21シーズン、2020年12月13日のプレミアリーグバーンリーFC戦で相手選手との交錯から小競り合いに発展し相手選手の喉元を押してしまい、前節のニコラ・ペペに引き続きレッドカードを受け退場した[12]

2020-21シーズン終了後、ASローマの新監督ジョゼ・モウリーニョが獲得を熱望していると複数のメディアで報道されASローマへの移籍報道が過熱した[13][14][15]。その渦中でEURO2020に参加中であったジャカはローマ行きを匂わす発言をいくつかした。フランス戦前の会見では「アーセナルは私がどうしたいか知っている。ここ(ローマ)はとても美しい」と発言[16]。また、フランス戦の後のインタビューにおいてイタリア語でインタビューを行うことについて尋ねられると「まだです。新しい言語を学ぶことは常に興味深い」と答えた[17]。しかし、移籍は中々決まらず休暇明け後プレシーズン中にアーセナルに合流しそのまま2021-22シーズン開幕後もアーセナルの試合に出場した。8月23日、公式発表前でありながら公式インタビューにおいてアーセナルと契約延長したことを明かした[18]。移籍市場閉幕後、ローマのGMであるチアゴ・ピントは噂通りローマがジャカ獲得に動いており本人も来たがっていたがアーセナルが移籍を許可しなかったことを明かし獲得失敗を後悔していると発言した[19]。同年8月28日、プレミアリーグのマンチェスター・シティFC戦においてジョアン・カンセロに対して両足での足裏タックルを行いレッドカードによる一発退場処分となった[20]。9月26日、退場による出場停止処分後、初の試合となるノース・ロンドン・ダービーにおいて接触により転倒したルーカス・ロドリゲス・モウラ・ダ・シルヴァがジャカの右足の上に落下し右膝の内側側副靱帯を損傷する重傷を負った[21]。当初は2022年1月初旬にフルトレーニング復帰を予定としていたが[22]大幅に回復状況が早まり、12月6日のプレミアリーグのエヴァートンFC戦で先発フル出場し実戦復帰した[23]。2022年1月9日、FA杯ノッティンガム・フォレストFC戦前の新型コロナ検査で9月に続き自身2度目の陽性判定となった[24]。同年1月13日、カラバオ杯リヴァプールFC戦においてロングボールを受けようとペナルティエリア前まで抜け出したディオゴ・ジョッタに並走する形でカバーに入るもクリアしようとした足がボールには当たらずにジョッタの腹部を蹴り上げて倒してしまい前半24分に21-22シーズン2度目となる一発退場処分となった[25]

2022−23シーズン第9節、トッテナム・ホットスパーFCとのノース・ロンドン・ダービーで、ゴールを決めチームの勝利に貢献した。2023年1月24日、自身2度目となる2022年スイス年間最優秀選手賞を受賞した[26]。チームは優勝を逃したが、リーグ最終節ウォルバーハンプトン戦で2得点を挙げてキャリアハイのゴール数を9に更新するなど、2位確保に貢献した[27]

2023年7月6日、バイエル・レバークーゼンに5年契約で移籍することが公式発表された[28]。2023-24シーズン、リーグ優勝に貢献しただけでなく[29]DFBポカール決勝、カイザースラウテルンとの対戦では決勝ゴールを決めて優勝をもたらした[30]

2025年7月30日、プレミアリーグに昇格したサンダーランドAFCに3年契約で完全移籍加入することが発表された。2年ぶりのイングランド復帰となる[31]

代表経歴

スイス代表でのジャカ(2018年)

スイス代表として世代別代表に選出され、2009 FIFA U-17ワールドカップでは優勝に貢献。UEFA U-21欧州選手権2011にも出場した。

2011年6月4日、イングランド戦でスイス代表デビューを果たした。同年11月15日のルクセンブルクとの親善試合で代表初得点となる決勝ゴールを挙げた。

2014 FIFAワールドカップグループリーグF、フランス戦でゴールを決めた。

UEFA EURO 2016では、初戦で兄のタウラント・ジャカ擁するアルバニアとぶつかり、EURO史上初となる兄弟同士での試合が実現。試合はスイスの勝利に終わり、グラニトはMOMに選出された[32]

2018 FIFAワールドカップに出場し、グループリーグ第2節のセルビア戦で同点ゴールを挙げたが、その際アルバニア国旗の「双頭の鷲」をイメージさせるパフォーマンスが政治的メッセージにあたるとされ、同じパフォーマンスをしたジェルダン・シャチリと共にFIFAから罰金処分を下された[33]

2020年9月、それまでキャプテンだったステファン・リヒトシュタイナーが現役引退したためジャカがスイス代表の新キャプテンに就任した[34]。2021年5月31日、EURO2020に向けたスイス代表メンバーに招集された[35]。EURO2020では、グループステージ3戦及びラウンド16のフランス代表戦の4試合にキャプテンとして先発フル出場しスイス代表史上初のEUROベスト8進出に大きく貢献した。特に、優勝候補筆頭であったフランス[36]相手に3-3のスコアでPK戦の末に大金星を上げた試合[37]では、ビハインドのまま後半ロスタイムに突入し敗退間近のなか値千金の同点弾をアシストする大活躍をしてその試合のマン・オブ・ザ・マッチに選出された[38][39]。フランス戦で2枚目のイエローカードを受け規定により次戦のスペイン代表戦を出場停止となった[40]。ジャカを欠いたスペイン代表戦でスイス代表はPK戦の末にベスト8で敗退した[41]

2021年9月1日、代表合流後に新型コロナウイルス検査で陽性反応を示し親善試合のギリシャ代表戦を欠場した[42]。スイスサッカー協会は、代表選手にワクチン接種を推奨していたがジャカはワクチン非接種であったことを明かした[43]

2022年11月9日、2022 FIFAワールドカップのスイス代表メンバーに選出された[44]。同大会では主将としてベスト16でポルトガル代表に大敗して敗退するまでの全4試合に先発フル出場した[45]。特にグループステージ3試合目では前回大会で因縁のあるセルビア代表戦とのグループステージ突破を掛けた試合でマン・オブ・ザ・マッチを獲得する活躍をしグループステージ突破に大きく貢献した[46]

プレースタイル

広い視野を生かしたパスでチームにリズムを与え、攻撃を中盤から支えるミッドフィールダー[47]。フィジカルの強さを生かしたタックルも持ち味の一つであるが、早い時間帯でイエローカードを貰うことも少なくない[5]

私生活

  • ジャカ兄弟の出身地についてはコソボ・メトヒヤ自治州ジラン郡ジラニ出身という説もあるが、グラニト自身が「インターネットやウィキペディアだと私がジラニ出身との記述があるけれど間違ってるよ。なぜ生じたのかは知らないけど」とインタビューで否定している[2]。英語版を始め、ドイツ語版、アルバニア語版などはこの発言に従って出身地をバーゼルとしている。
  • 2021年9月の代表戦前に新型コロナウイルス陽性者になったがワクチン非接種であったことが判明したジャカに対して直前の移籍市場で獲得を熱望していたと報道されていたモウリーニョがSNS上でワクチン接種を促すメッセージを送りこれに対して感謝のメッセージを返した[48]
  • グラニト・ジャカは家族を非常に大切にしており、オフの時間の大半を妻と娘たちと過ごしている。[49] 彼は一人でいるのが苦手で、家族の存在を最優先にしていると語っている。[50]
  • ジャカは慈善活動に積極的で、特にダウン症の少年ジュリアン(Julian)との長期的な友情が有名である。2015年にボルシア・メンヒェングラートバッハ時代にマスコットとして出会い、以後絆を深め、2019年の世界ダウン症デーにアーセナルでトレーニンググラウンドやエミレーツ・スタジアムに招待し、一緒にプレーするサプライズを企画した。この友情は現在も続いている。[51][52] また、アフリカ文化への敬意を語ったり、チームの結束を強める食事会を主催するなど、社会的な貢献も見られる。[53]

個人成績

クラブ

2019/06/15現在
クラブ シーズン リーグ リーグ戦 カップ戦 リーグ杯 国際大会 その他 合計
出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
バーゼル 2010–11スーパーリーグ191200 05100262
2011–12230400 08000350
通算421600013100612
ボルシアMG 2012–13ブンデスリーガ221200 09000331
2013–14280100 00 000290
2014–15302300 09300425
2015–16283300 05000363
通算10869000233001409
アーセナル 2016–17プレミアリーグ32250217100464
2017–1838100316110483
2018–1929410109000404
2019-20 3116000400041 1
2020-21 31120101001045 1
通算1619140723622022013
総通算31116290727262042124

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 121試合 14得点(2011年-)[54]
スイス代表国際Aマッチ
出場得点
201161
201292
201381
2014101
201561
2016110
201792
2018132
2019102
202070
202190
2022130
2023102
通算12114

得点

#開催日会場対戦国スコア結果大会
1.2011年11月15日ルクセンブルクの旗 ルクセンブルク市 ルクセンブルク1-01-0親善試合
2.2012年8月15日クロアチアの旗 スプリト クロアチア1-04-2
3.2012年9月7日スロベニアの旗 リュブリャナ スロベニア1-02-02014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
4.2013年10月15日スイスの旗 ベルン1-01-0
5.2014年6月20日ブラジルの旗 サルヴァドール フランス2-52-52014 FIFAワールドカップ
6.2015年3月27日スイスの旗 ルツェルン エストニア2-03-0UEFA EURO 2016予選
7.2017年6月9日フェロー諸島の旗 トースハウン フェロー諸島1-02-02018 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
8.2017年10月7日スイスの旗 バーゼル ハンガリー1-05-2
9.2018年3月27日スイスの旗 ルツェルン パナマ2-06-0親善試合
10.2018年6月22日ロシアの旗 カリーニングラード セルビア1-12-12018 FIFAワールドカップ・グループE
11.2019年3月26日スイスの旗 バーゼル デンマーク2-03-3UEFA EURO 2020予選
12.2019年11月18日ジブラルタルの旗 ジブラルタル ジブラルタル6-16-1
13.2023年3月25日ノヴィ・サドベラルーシ4-05-0UEFA EURO 2024予選
14.2023年9月12日シオンアンドラ2-03-0

タイトル

脚注

外部リンク

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