バカ政ホラ政トッパ政

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脚本
バカ政ホラ政トッパ政
監督 中島貞夫
脚本
出演者
音楽 広瀬健次郎
主題歌 美空ひばりある女の詩」(作詞:藤田まさと・作曲:井上かつお、日本コロムビア[1]
撮影 塚越堅二
編集 市田勇
製作会社 東映京都撮影所[1]
配給 東映
公開 日本の旗 1976年10月1日
上映時間 90分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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バカ政ホラ政トッパ政(バカまさホラまさトッパまさ)は、1976年(昭和51年)10月1日東映系で公開された日本映画[2][3][4]菅原文太主演、中島貞夫監督[1][5][6]

1960年代初頭、東京銀座(ザギン)。関東城政会傘下にある銀座興業の幹部、通称バカ政こと橋本政人(菅原文太)が関西ヤクザの大物を刺殺した3年の刑期を終えてザギンへ戻ってくる。

組が麻薬のガセネタをつかまされたため音楽屋達を取仕切るブローカー笠井政之助ことトッパ政(ケーシー高峰)に喧嘩を吹っ掛けるも勝負は互角、トッパ政自身も騙されていたことが分かった。日雇いを抱えるトッパ政のあだ名は当日払いを「トッパライ」ということから。

トッパ政を騙したバンドマンを大学生パーティで発見、会場を取り仕切る詐欺常習犯の上原政夫こと通称ホラ政(中山仁)が現れた。ホラ政はバカ政に決闘を申し込んでのされてしまうが男気に惚れる。いつしか三人は厚い友情に結ばれて、五分の盃を交わす。ザギンの三政が誕生。

三人はザギン進出を企む江東義友会の進出を退け、ガクタイの興行を柱とする太陽カンパニーを設立した。三人の勢いを快く思わない野口信年(中丸忠雄)はこれを邪魔し銀座興業と対立する。利権絡みで仲裁に入った城政会理事の田所英毅(成田三樹夫)の裏をかき抗争が発展、バカ政は田所を刺殺する。

バカ政が情婦の恵子(倍賞美津子)にそっとエンゲージリングを送り、田所の葬儀へ三政で乗り込む[3][4][6]

キャスト

  • 城山由布子 (銀座)
  • 古川潤子 (銀座クラブ「蝶」)
  • ナンシー (銀座クラブ「花」)
  • 夏紀 (銀座クラブ「姫」)
  • ばっくすばにい

以下ノンクレジット

スタッフ

製作

企画

主人公のバカ政は、住吉会の顧問だった実在の人物をモデルに造型したもので[5][7][8]、この点では実録部分も一部取り入れたフィクションである[8]。この人物が俊藤浩滋に企画を持ち込み製作がスタート[5][8]。俊藤もこの人からの持ち込みは断りにくい立場であったという[8]。この人は常に銀座のオネイチャンを10人ぐらい連れて銀座を飲み歩いていた金持ちで、撮影中も「女たちを連れて来るから映画に出してやってくれ」などと言ってきたという[8]鳥居元宏の脚本一稿だけが上がっている段階で中島は俊藤から監督を頼まれ[8]、忙しくてはっきりと断ったのだが[8]、再度、岡田茂東映社長と高岩淡東映京都撮影所(以下、東映京都)所長がやって来て、「お前が撮らんと封切に間に合わんやろ」と無理強いされ[5]、両手をついて「勘弁して下さい」と謝ったが抗しきれず[8]、「無理やりさせられた仕事」と述べている[7]

脚本

住吉会や大日本興行の浅草妙清寺事件などを脚本のベースにした[6]。脚本は笠原和夫鳥居元宏、中島貞夫名義だが[8]、先のような事情で笠原は馬鹿らしくなって逃げ、鳥居のホンがつまらなく中島が3日ぐらいで直した[5][8]。中島は笠原の関与はよく覚えていないという[8]。笠原は著書『昭和の劇』の中で本作を「なかった事にしてくれ」と述べている[8]

キャスティング

構成は『人斬り与太 狂犬三兄弟』に似る[4]。バカ政ホラ政トッパ政を演じるのがそれぞれ菅原文太中山仁 ケーシー高峰であるが、中山はぐっと年下だが、他の2人とは中島監督と同世代で[5]、内容は若い人の話で、この3人が演じるのはムリがあると俊藤プロデューサーに訴えたという[5]。中島は忙しくキャスティングの希望をいう暇もなく、キャスティングは全て俊藤がやった[8]。学者を演じる伴淳三郎も「使え」と無理強いされたという[5][8]。伴淳演じる人物は実在する人で[8]、伴淳はその人と関係があり[8]、最初からキャスティングされていたという[8]。トッパ政を演じるケーシー高峰は、元名古屋のヤクザで名古屋弁を喋る。ホラ政を演じる中山仁は映画では唯一のヤクザ役。吃音のメリケン明を演じる峰岸徹は実際に銀座育ちで、バカ政らと4人組のような位置付け。ケーシー高峰、中山仁、倍賞美津子は東映映画初出演。当時のこの3人イメージは「グラッチェ」「立木大和の鬼コーチ」「アントン夫人」[6]。特に倍賞は松竹専属と見られ、よくヤクザ映画に出たなという印象[6]。倍賞はバカ政の別れた情婦役で、クラブホステス。ノーブラでチラリの谷間を見せる。若き日の美輪明宏が1曲歌う[6]。「仁義なき戦いシリーズ」で菅原の子分を演じた川谷拓三野口貴史がともに刑事役で、菅原を取調室で痛めつける役をやる。

撮影

銀座を舞台にしており、セットとの併用だが、銀座柳通りなど数カット実際に銀座で撮影しているようにも見えるが、中島監督は銀座をロケハンしたが、昭和30年代設定の銀座の再現は無理と判断し[8]、全て東映京都のオープンセットで撮ったと話している[8]。撮影は17日程度だという[5]。バカ政(菅原)は自ら「ザギンのバカ政」と名乗り「ザギンはオレのシマだ」と豪語する。ダンパの人の多さをバカ政は満員の銭湯に例える。ザギンのヤクザは腹わたのないこいのぼりなどのセリフもある。敵対する江東義友会は「川向う」と表現され、ボスは杉町民男(林彰太郎)で、バカ政たちからやり過ぎの報復を受ける。後半、実名で出演するダウン・タウン・ブギウギ・バンドは、2シーン出演があり、宇崎竜童が歌うシーンもある。当時は銀座のキャバレーで歌うような格ではないが、主演の菅原が1975年春頃から会社と揉めており(新仁義なき戦い 組長の首#菅原の造反)、えらくダウン・タウン・ブギウギ・バンドにご執心で[9]、「彼らとの共演映画を会社が認めなければ、他の映画に出ない」などと宣言していた[9]。 エンディングの葬式はオープンセット[5]。参列したやくざがみんな拳銃を持っている。バカ政が死んだのか生きているのか、むやむやにしたのはモデルが生きていたからという[5]。中島監督は「ドラマ作りでどうしたのかあんまりない(笑)。もうあらゆることを考える暇がなかった作品」などと述べている[5]

音楽

主題歌として美空ひばりの「ある女の詩」が使われているが、中島が直接、加藤喜美枝に電話して許可を取った[8]

タイトルについて

東映は宣伝時にタイトルを『バカ政ホラ政トッパ政』で統一し、東映ビデオのサイトも『バカ政ホラ政トッパ政』で[3]、映画データベースでも『バカ政ホラ政トッパ政』が大半ながら[2][4]、中島貞夫監督の著書では中黒の入る『バカ政・ホラ政・トッパ政』と表記している[1][5]。誤植か理由は分からない。

作品の評価

興行成績

岡田東映社長は「『安藤昇のわが逃亡とSEXの記録』を『バカ政ホラ政トッパ政』と組んで出した。『安藤昇の~』に非常に期待してたんだが、ヒットというわけにはいかなかった。引き分けだな」などと述べている[10]

逸話

同時上映

脚注

参考文献

外部リンク

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