バハン
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バハン Baran برن | |
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町の東 | |
| 北緯10度42分50秒 東経48度20分5秒 / 北緯10.71389度 東経48.33472度 | |
| 国 |
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| 自治政府 |
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| 行政区画 | サナーグ州 |
| 県 | バハン県 |
| 人口 (2007) | |
| • 合計 | 120,000人 |
| 等時帯 | +3 |
バハン(Badhan, Baran, ソマリ語: Badhan, アラビア語: برن, Baran, イタリア語: Badhan)はソマリア北東部にあるサナーグ地域所属の都市。2007年7月、プントランドから独立宣言をしたマーヒルの首都となったが、2009年1月に再びプントランドに戻っている。2019年8月に、それまでソマリランド軍として活動していた一軍がプントランドに寝返り、以後はプントランドの影響が強くなった。2019年のユニセフの報告書でも、バハンはプントランドの扱いである[1]。
バハンは海岸から南方100キロメートルぐらいの位置にあり、海岸との間に標高1800メートルほどのカルマドー山脈があるので海は見えない。
ソマリア内戦以降、バハンは避難民の流入により規模がむしろ拡大し、1つの病院、3つの高校、大学がある。バハンは主に4つの地区、クドロホ(Qudloho)、中心街(Upper Market)、周辺街(Lower Market)、ニューバハン(New Badhan)からなる。
教育
2009年時点で、バハンには3つの小中学校、3つの高校がある。また、地元住民のみならずサナーグ州全体の人を対象とした工科大学設立も計画されている。
バハン地区で小学校がある村の割合は、2015年の調査では86%である[5]。
バハンにあるマーヒル大学は、国外避難でアメリカのミネアポリスで暮らしていたマーヒル出身のアブディラフマン・ヘルジ博士が出資し、現在学長を務めている。学科は教育学と情報工学であり、保健、ビジネス、金融についても教えられている。
人道支援団体のホーン・リリーフがボラマに本拠を置いており、活動の一環として牧畜指導者の育成を行っている。
2008年時点で、語学学校が5校あり、アラビア語や英語を教えている。中でもラフォーレ英語学校とタワカル英語教育センターが大きい。
初等学校
- Alfurqan初等および中等学校
- Alnour初等および中等学校
- Sinai初等および中等学校
- Alfurqan高校
- Alnour高校
- Badhan高校
高校卒業後の学校
- ラフォーレ英語学校
- タワカル語学学校
- ハジ・アヤンコミュニティカレッジ
- イクラ高等教育大学
- マーヒル大学
交通
陸上
交通は主に徒歩である。自動車を持つ住民は少ない。バハンはサナーグ州の中心都市なので、東のボサソと西のエリガボをつなぐ道路がバハンを経由している。また、北のラスコレーと南西のラス・アノドをつなぐ道路もバハンを通る。道は舗装されておらず、整備も不十分である。
バハンとラスコレーを結ぶ道路はゲールドラ道と呼ばれ、95キロメートルある。舗装されておらず、水はけも悪い。バハンを出て数キロメートルは、時々ワジ(涸れ川)を横切る。その先はカルマドー山脈を超える細い山道が60キロメートル続く。
空路

バハンはかつて石油採掘調査が行われていたこともあり、1980年代に作られた仮設滑走路がある。滑走路は町の中心にあり、南東方向に向かって作られている。長さ2キロメートル、幅65メートルである。ソマリア内戦直後の1993年から1996年にかけては、ソマリア南東部に住んでいたワルサンガリ氏族をこの地に避難させるのに使われていた。ただし排水溝は無く、今は目印の類が草に埋まっており、路面も草と泥だらけである。さらには、滑走路を横切る生活道路も2本ほど作られている。そのため、現在では、バハン空港はほとんど使われていない。地元NGOによる整備も検討されているが、まずは暗渠の設置が必要であり、見通しは立っていない。
公共機関
バハンには、国外避難者からの支援で作られたサナーグ州でもっとも大きな病院がある。産科を含めて基本診療科目が揃った施設だったが、資金不足のため、2009年2月から活動を停止している。大きな病院に行くにはバリ州のボサソにまで行かなければならない。小規模な診療施設はあり、応急処置や簡単な治療を受けることができる。
産業

バハンの基本産業は牧畜であるが、NGO関連収入、地元企業なども重要である[5]。
農村部では、農業、漁業、天然資源の採取(ゴム、木材、木炭)が重要な収入源となっている[5]。
町の外からの送金も非常に重要であり、生活が苦しい乾季には送金も多い。主要氏族であるワルサンガリがディアスポラとしてソマリランド、プントランド、ソマリア南部(特にキスマヨ)に数多く住んでおり、そこから送られることが多い。都市住民への送金が多く、農村部には少ない[5]。
サナーグ州の中央付近に位置するという好条件もあり、自然な成り行きとして乳業などの小規模産業が盛んになっている。2009年にはイギリスのカーディフの人物が3階建の新しいホテルを建設している。
観光
通信
バハンでは電話が使える。電話会社はボサソに本社があるゴリステレソム社である。電話は有線、携帯電話と共に使え、コーヒーショップでは簡便ながらインターネットが使用可能である。
バハンの政治家
バハン市はバハン地区の一部であり、バハン地区はサナーグ地域の一部である。サナーグ地域の大半はソマリランドが支配しているが、その中のバハン地区の大半はプントランドが支配している。ソマリランド、プントランドの双方がサナーグ地域知事、バハン地区知事、バハン市長を任命している。
一方で、町の主要氏族はワルサンゲリであり、その長がいる。1920年に当時のワルサンゲリの長だったモハメド・アリ・シレがイギリスによって国外追放されてからは、ワルサンゲリの機構に若干の乱れがあり、ワルサンゲリ氏族に影響が大きい長が何人かいる。
アブディサラン・マハムード・アリ・シレ
Suldaan Siciid Suldaan Cabdisalaan Suldaan Maxamuud Cali Shire
町の主要氏族ワルサンゲリの長[6]。バハンに住んでおり[7]、市長と表現されることもある[8]。ただしアブディサランはあくまでも貴族であり、ワルサンゲリ氏族から崇拝を受けているものの、政治には直接関与していない[6]。
アブディラ・モハムード・ファター
Abdilla Mohammud Fatah, Sudaan Cabdiladiif Maxamed Faarax, Aqil Faisal Abdillahi Fatah, Faisal Dhere
2012年2月にサナーグ地域の長老の立場でインタビューに答えており、2007年にワルサンゲリ氏族が建てたマーヒル国について、プントランドからの独立は望ましくないとしており、全体的にプントランドに好意的な回答をしている[9]。
2013年12月、当時プントランドの次期大統領だったアブディウェリ・モハメド・アリがバハンを訪問した時、アブディサラン・マハムードは歓迎したが、アブディラ・モハムードはソマリランドへの内政干渉だとして非難した[10]。
アリ・フセイン・ソマリ
Cali Xuseen Soomaali
2018年8月にソマリランドからバハン地区の知事に任命される[11]。
2019年5月[12] にプントランドに亡命。2018年の知事任命当時から、プントランドへの寝返りを疑われていた[13][14]。
2019年7月にプントランド大統領のサイード・アブドゥライ・デニからサナーグ地域の知事に任命された[14]。2021年2月に解任され、プントランド内務省の顧問となった。後任はサイード・アフメド[15]。
モハメド・ハムド・オマル
Maxamed Xaamud Cumar
2019年7月から。前任のアリ・フセインが亡命後しばらくソマリランドによるバハン地区知事は空席だったが、その後に知事となった[16]。
サイード・アフメド・ジャマ・モハメド
Siciid Axmed Jaamac Maxamed
2021年2月にアリ・フセインの後を受けてプントランドのデニ大統領にサナーグ地域の知事に任命された[15]。
アブディリザク・アフメド・イセ
Cabdirisaaq Axmed Ciise (Biibiis)
2011年の市長として報じられている[17]。
2015年7月、デンマークの団体からバハンに暮らすイエメンからの避難民に支援物資が送られたため、バハン市長として状況を視察している[18]。
2016年12月、バハン市長として、この地区の旱魃状況を視察に来たプントランド議会の代表を歓迎[19]。
2017年11月、バハン市長としてプントランドの治安長官[20]、プントランドの情報局長[21] を歓迎。
2019年4月、バハン地区のShimisにプントランド軍の基地が作られることになり、バハン市長として起工式に出席[22]。
2019年9月、選挙により市長の座をアフメド・モハメドに譲った[23]。
アフメド・モハメド・ティミール
Axmed Maxamed Timir
2019年9月、選挙により市長となった[23]。
アブダレ・モハムド・アブディ
Abdale Mohamud Abdi
2019年6月にSomaliland Standard紙にバハン市長として紹介されている[24]。