ジャイナ教の文献であるジナセーナ『アーディ・プラーナ』やヘーマチャンドラ『トリシャシュティ・シャラーカー・プルシャ・チャリタ』(63偉人伝)などによれば、最初のティールタンカラであるリシャバは出家する前にスマンガラーと結婚してバラタを生んだ。またスナンダーを妻としてバーフバリを生んだ。バラタとバーフバリは土地を争い、力くらべによって勝負を決することになった。バーフバリが勝ったが、富や力への欲から兄を侮辱したことを後悔したバーフバリは世を捨てて出家した。このためにバラタがインド全体を支配することになり、最初の転輪王となった。
リシャバの子のバラタの伝承はプラーナ文献の一部にも記されている。たとえば『ヴィシュヌ・プラーナ』の第2巻によると、リシャバは王であったが、裸の出家者となった。リシャバには100人の子があったが、長男のバラタが継承者となり、バラタの子孫たちがインド各地の王となったためにインドはバーラタヴァルシャと呼ばれるようになったとする[4]。