パロマ湯沸器死亡事故

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問題となったパロマ工業(当時)製FE式瞬間湯沸器の一機種、PH-161F

パロマ湯沸器死亡事故(パロマゆわかしきしぼうじこ)は、パロマ工業(現・パロマ)が製造した屋内設置型の強制排気式(Forced Exhaust、以下「FE式」)ガス瞬間湯沸器の動作不良を原因とする、一酸化炭素中毒による一連の死亡事故である[1][2][3][4][5]

会社の対応

当事故はパロマ工業(当時は製造子会社)が製造した、屋内設置型のFE式ガス瞬間湯沸器[注 1]の排気ファンの動作不良を原因とする一酸化炭素中毒事故であり、1985年(昭和60年)1月から2005年(平成17年)11月の20年間にわたり日本国内で28件発生した[7][8][9]。これらの事故により、死亡者は21人・重軽症者は36人にのぼった[7][8][10][11][9]

事故に至った直接の原因は修理業者による不正改造によるもので、製品自体に欠陥はなかったが、長年にわたり事故の存在を把握しながら消費者への周知を怠り、度重なる事故の撲滅を図れなかったパロマの対応が厳しく問われることとなった[3][12][9]。また、この事故を教訓に消費生活用製品安全法が改正され、重大な製品事故が発生したことを知った製造者は報告義務を負うこととなった[注 2][16][17]

発売元のパロマ(当時は販売担当の親会社)は一連の事故について、当初は事故をごく一部しか把握していないとしていたが、実際には全ての事故は発生直後より本社担当部門が把握し、遅くとも1988年(昭和63年)には当時の社長であり、後に会長となった小林敏宏も報告を受けていた[4]。その後は社内やサービス業者向けに注意を呼び掛ける措置をとったものの、消費者に対する告知は一切なされなかった[18][4]。またパロマは事故発生のたびに通商産業省へ口頭で事故情報を報告していたが、同省も一連の事故に対して必要な行政処置や消費者への告知を行うことはしなかった[19][20]

パロマは問題発覚当初、自社及び同製品に責任はないとする姿勢を見せていたが、直後に系列サービス業者による不正改造や製品自体の安全装置劣化を原因とする事故が27件中13件あることが判明したため、一転してパロマは謝罪に追い込まれ、会長の敏宏は辞任を表明した[3][21][22][23]。この事故の影響でパロマは2006年7月時点で国内生産を3割減産し、また敏宏は「国内販売が(事故前の)3割から4割残れば良い方」として、従業員の人員削減も行った[24][25][26]

他社との比較

その結果、パロマは日本で唯一シェアトップだった給湯器部門でも、同じ名古屋市に本社のあるリンナイにトップの座を明け渡すことになった。リンナイ製品の事故と比べ、パロマ製品の場合は構造自体に無理があったことが原因で事故が起きたとする説が有力である[27]。リンナイでもFE式屋内型湯沸器は製造していたが、同時期のリンナイ製品は排気扇は本体内蔵ではなく、上部にシルクハット型の物を別ユニットとして装備していた[注 3][28]

一方でパロマは、業務用の供給が多かったことから、イニシャルコストを意識したモデルサイクルの非常に長い商品が、特に湯沸器・給湯器に多かったことが事態を拡大した一因になった[29]。パロマが該当製品の生産を終了した1989年には、リンナイはすでにこうした古典的な圧電点火式の湯沸器の製造は打ち切っており、現代的な電子制御式の「ユッコ」シリーズにほぼ統一されていた[30]。パロマは2006年の段階でもPH-6号系、PH-12号系などBF式(自然吸排気式、バランス式)を中心に圧電点火式の湯沸器を製造していたが、本事件以降の需要急減により廃番となった[31][32][33]

2007年(平成19年)2月7日には、リンナイ製小型湯沸器による一酸化炭素中毒死亡事故が東京都で発生したため、リンナイもシェアを落とすことも危惧されたが、事故の内容が消費者責任の範疇であったことと、リンナイの素早い対応により消費者の信頼感が増した結果、それまで給湯器部門においてのみ日本一を確保していたパロマのシェアがリンナイに奪われる結果となった[34][35][36][37][38]

2006年(平成18年)8月28日経済産業省は同日付で回収命令(消費生活用製品安全法第82条に基づく緊急命令。現・同法第39条に基づく危害防止命令)を発出した[39][40]

それに伴い、この事故に関するリコール告知のお詫びCMが、同年7月24日より全国で放送開始され、翌2007年7月以降も再度お詫びCM(新バージョン)が放送された[41][42]。しかしながら同時期に自社製品で死亡事故を起こした松下電器産業(現:パナソニック)やTDKは、2020年現在も「回収のお願い」のチラシ投函を行っており、パナソニックは公式YouTubeチャンネルでもお詫びCMを流している[43]

こうした対応の遅れや隠蔽体質は、パロマが創業家の小林家による同族経営企業であることも一因だと事故後に第三者委員会から指摘されている[44]

主な事故

1985年から2005年にかけて、当社製瞬間湯沸器を原因とする一酸化炭素中毒事故が相次いで発生した。以下は死亡事故のみ記載(1995年を除く)。

刑事・民事訴訟

警視庁による再捜査

2006年2月 - 1996年3月に東京都港区内で発生した一酸化炭素中毒死亡事故に関して、死因が病死とされたことに遺族が納得せず、警視庁に対し再捜査を要望[55]業務上過失致死傷罪時効はすでに成立していたが、遺族の要望に応えるために警視庁捜査一課が翌3月から再捜査を実施し、死因はパロマ製瞬間湯沸器の不具合による疑いが判明した[1][52]。これを受け、警視庁は同年7月6日、監督官庁である経済産業省に捜査結果を報告した[1]。同年7月14日には経済産業省が、パロマ工業製屋内設置型瞬間湯沸器による一酸化炭素中毒事故について「事故件数17件・死亡者15人」と発表した[56]

これに対してパロマは記者会見を開き、社長の小林弘明(当時)は、一連の事故原因は器具の延命等を目的に安全装置を解除したサービス業者による不正改造が原因として「製品にはまったく問題ないという認識です」「(不正改造に)非常に憤りを感じる」と述べ、犠牲者に対して「心からお悔やみを申し上げる」としたものの、謝罪は一切しなかった[18][57]

パロマは同年7月18日に再び記者会見を行い、経済産業省の調査とは別に10件の事故があったことを明らかにしたため、事故件数27件・死亡者20人に増加した[23]。さらに事故原因の一部が安全装置の劣化であることや、1992年当時の社長であった小林敏宏会長へ一連の事故報告を行っていたことを認めた上で、敏宏は辞任を表明[23]。弘明は「経営者としての認識の甘さや社会的責任に関して、本当に申し訳なく思う。深くおわびしたい」と謝罪を表明した[23]。しかしパロマはその後の記者会見でも「事故の原因は製品の欠陥ではない。不正改造を指導・容認した事実はなく関与した社員もいない」と主張していた[18]

同年7月31日にパロマが敏宏と弘明の連名で経済産業省に調査報告書を提出したが、内容が不十分として翌月の8月7日に再報告を求められ、パロマ側は「(一連の事故対策が)不十分だったと反省している」と見解を修正した[58][59]。経済産業省は同年8月26日消費生活用製品安全法に基づき問題の機種を回収命令を早ければ同年8月28日にも出す方針とした[60]

刑事訴訟

2007年(平成19年)10月12日、2005年11月に東京都港区で発生した死亡事故につき、警視庁はパロマ前社長の敏宏、元品質管理部長および改造作業に関わったとされる同社代理店の作業員[注 4]を業務上過失致死傷容疑で書類送検[61][63]。同年12月1日東京地検は同事故について敏宏らを業務上過失致死傷容疑で在宅起訴する方針を表明、10日後の12月11日に敏宏と元品質管理部長らを業務上過失致死傷罪で在宅起訴した[注 5][65][66][62]

2008年(平成20年)12月18日東京地裁半田靖史裁判長)で初公判が開かれ、罪状認否で敏宏と元品質管理部長は「不正改造が容易だとは考えていなかった」などと述べて無罪を主張した[67]

2009年(平成21年)12月15日論告求刑公判が開かれ、検察官は「被告らは昭和60年以降、14人が死亡していたのを把握していた。注意喚起や点検・回収を徹底させれば、被害者の死亡は回避できた」などと述べて敏宏に禁錮2年、元品質管理部長に禁錮1年6月を求刑した[68]

2010年(平成22年)1月18日、最終弁論で弁護人は「事故が起きることは予見できなかった」などと述べて改めて無罪を主張し、結審した[69]

2010年(平成22年)5月11日、東京地裁(半田靖史裁判長)で判決公判が開かれ、裁判長は「生命の危険を伴う製品を提供する企業として、多くの死傷事故を認識しながら修理業者への注意喚起では不十分、製品回収などの抜本対策を怠った」などとして敏宏に禁錮1年6月・執行猶予3年、元品質管理部長に禁錮1年・執行猶予3年の有罪判決を言い渡した[70]。この判決に対し、敏宏と元品質管理部長は控訴しなかったため、控訴期限を迎えた5月26日を以て有罪判決が確定した[71]

民事訴訟

札幌地裁・札幌高裁

2006年(平成18年)12月15日1990年(平成2年)12月に帯広市で発生した死亡事故の遺族ら11人はパロマを相手取り総額約4億800万円の損害賠償を求める訴訟を札幌地裁に提訴した[72]

2010年(平成22年)12月8日、札幌地裁(橋詰均裁判長)でパロマが遺族5人に和解金総額1億4300万円を支払う内容で和解が成立した[73]。一方、法的責任は認めず、謝罪にも応じなかった[73]

2011年(平成23年)3月24日、札幌地裁(橋詰均裁判長)は「修理用の部品が足りず、応急処置として業者による不正改造が横行していた。事故を誘発する改造が広まっていると知りながら徹底した一斉点検や広報を怠った」としてパロマに対して遺族ら5人に約1億100万円の損害賠償の支払いを命じる判決を言い渡した[注 6][74]。この判決に対して原告とパロマの双方が控訴した[75]

2012年(平成24年)8月14日札幌高裁(山崎勉裁判長)でパロマが遺族4人に謝罪した上で和解金1億2290万円を支払う内容で和解が成立した[75]

2012年(平成24年)9月27日、札幌高裁(山崎勉裁判長)でパロマがアパートの所有者に和解金[注 7]を支払う内容で和解が成立した[76]。これにより北海道内の訴訟が終結した[76]

名古屋地裁

2007年(平成19年)4月11日、1989年(平成元年)に岐阜市で発生した死亡事故の遺族4人はパロマ工業と東邦ガスを相手取り約1億6000万円の損害賠償を求める訴訟を名古屋地裁に提訴した[77]

2010年(平成22年)1月29日、名古屋地裁(長谷川恭弘裁判長)でパロマが600万円、東邦ガスが8000万円の和解金を遺族4人に支払う内容で和解が成立した[78]

大阪地裁

2007年(平成19年)4月25日、1991年(平成3年)に奈良県王寺町内で発生した死亡事故の遺族ら計4人[注 8]はパロマ工業とパロマを相手取り約1970万円の損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に提訴した[79]

2010年(平成22年)9月9日、大阪地裁(河合裕行裁判長)は「パロマの従業員が修理した際の配線ミスが原因」としてパロマ工業とパロマに対して約1900万円の損害賠償の支払いを命じる判決を言い渡した[80]。一方、製造者としての回収義務違反については認定しなかった[80]

東京地裁

2007年(平成19年)11月26日、同事故の遺族がパロマと東京ガスを相手取り総額2億560万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に提訴した[81]

2012年(平成24年)12月21日、東京地裁(三角比呂裁判長)は「パロマは事故以前に点検・回収を行うことが可能だった」としてパロマと修理業者に対し計約1億2000万円の損害賠償の支払いを命じる判決を言い渡した[9][82][83]。パロマは「修理業者に注意を呼びかけ、講習会を開くなどの対策をしていた」と主張したが、東京地裁は「対策の後も事故は起き続けていた。遅くとも01年に起きた同種の事故により、対策は不十分だと認識できたはずだ」としてパロマの責任を認定した[9]。なお、東京ガスに対する損害賠償請求は棄却された[83]

該当製品

いずれも屋内用の瞬間湯沸器。

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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