パンアメリカン航空914便失踪事件

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A Douglas DC-4
事故機とされたものと同型機のダグラス DC-4

パンアメリカン航空914便失踪事件は、パンアメリカン航空ダグラス DC-4が1955年に離陸後に行方不明になり、37年後に着陸したという都市伝説である。

事故が起きたとされた1955年7月2日、パンアメリカン航空914便は乗員乗客62名を乗せたまま、ニューヨークを離陸し、目的地マイアミに向かっている途中で消息を絶った。失踪した37年後、この飛行機ベネズエラカラカス近郊で目撃され、現地の空港に着陸した。航空会社パイロットと交信を試みると、パイロットは「マイアミに9時55分に到着する必要がある」と答えた。その後、飛行機はすぐに再び飛び立ち、最終的に本来の目的地であるマイアミに着陸したという。インターネットのフォーラムでは、この出来事がワームホールを通じたタイムトラベルだったのではないかといった憶測が飛び交った。

この伝説は、虚偽の記事で知られるタブロイド紙『ウィークリー・ワールド・ニューズ』の1985年の記事が発端となっている。この記事は1993年1999年にも再掲載された。飛行機の画像は、トランス・ワールド航空のDC-4のストックフォトが使用された。この事件に関するリアルタイムでの報道や、民間航空局の事故報告は存在しない[1]

パンアメリカン航空のものを含め、製造されたDC-4の計1,244機に関する完全な生産リストのどれを見ても、そのような出来事が起こったという記録はない[2][3][4]

外部リンク

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