この物件が世界遺産の暫定リストに記載されたのは1996年9月6日のことであった[4]。当初の名称は「パンプーリャ湖畔の観光・レジャー建築物群」(Ensemble architectonique de tourisme et loisir au bord du lac de Pampulha) である[5]。
パンプーリャ美術館 (Museo de Arte da Pampulha) は、ニーマイヤーが最初に手がけた建物[13](1940年[14]/1942年[13])で、その分、ニーマイヤーが影響を受けたル・コルビュジエの要素が他の建物よりも色濃く反映されている[14]。構造技師はジョアキム・カルドゾ (Joaquim Cardozo)[15]。
カーサ・ド・バイリ (Casa do Baile) はもともとレストランにオーケストラ、舞台などが併設されていた施設である[18][19]。1943年に会場されたが、カジノ禁止の余波を受けて閉鎖。この建物は、湖畔の地形に沿うように曲線的なデザインを取り入れており[18][19]、ニーマイヤー建築の特色である曲線美が活かされた建築となっている。構造技師はアルビノ・フロゥフェ (Albino Froufe)[20]。
現在は多目的スペースとして利用されている[21]。美術館の別館としても使用された。2002年にニーマイヤー自身の再設計により全面的にリフォームされている[22]。ロバート・ブール・マルクスの設計した庭園は現存しておらず、現在の庭園はリカルド・サムエル・ジ・ラナ (Ricardo Samuel de Lana) が自身の解釈を交えて再現したものである[14]。