ビクター・ザンブラーノ

ベネズエラの野球選手 (1975 - ) From Wikipedia, the free encyclopedia

ビクター・マニュエル・ザンブラーノVictor Manuel Zambrano1975年8月6日 - )は、ベネズエラミランダ州グアイカイプロ市ロステケス出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

生年月日 (1975-08-06) 1975年8月6日(50歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
205 lb =約93 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
ビクター・ザンブラーノ
Victor Zambrano
トロント・ブルージェイズ時代
(2007年2月24日)
基本情報
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
出身地 ミランダ州グアイカイプロ市ロステケス
生年月日 (1975-08-06) 1975年8月6日(50歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 投手
プロ入り 1993年 アマチュア・フリーエージェントとしてニューヨーク・ヤンキースと契約
初出場 MLB / 2001年6月21日
CPBL / 2009年9月1日
最終出場 MLB / 2007年9月30日
CPBL / 2009年10月3日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ベネズエラの旗 ベネズエラ代表
WBC 2006年2009年
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経歴

プロ入りとマイナー時代

1993年8月19日、アマチュア・フリーエージェントでニューヨーク・ヤンキース内野手として契約したが、1994年1995年の2年間で二塁手遊撃手として77試合に出場し、打率は.206の成績に終わった。

1996年2月7日に放出された[1]

レイズ時代

その後、タンパベイ・デビルレイズと投手としてオファーをもらい、投手の経験が全くなかったが、最後のチャンスと思い、同年3月14日契約した[1]

2001年6月21日レッドソックス戦でメジャーデビューを果たし、その後、リリーフで36試合に登板した。

2002年8月5日に初めて先発で登板し、以後シーズン終了までに11試合先発登板した。

2003年に球団史上歴代2位となる12勝を挙げ、シーズン終了時に通算26勝で球団最多タイ記録となったが、106四球・20死球・10暴投を記録し、この3部門でリーグ1位となった[1]

2004年には、日本での開幕投手を任され、勝ち投手となり球団記録を更新した。

メッツ時代

2004年7月30日ニューヨーク・メッツスコット・カズミアーらとのトレードでメッツへ移籍[2]。トレード後にカズミアーが奪三振王するなど活躍し、メッツ史上ノーラン・ライアンを放出したトレードと並び最悪のトレードとも言われている[要出典]

ザンブラーノは移籍後、8月17日までに3試合に登板したが、8月19日故障者リスト入り[3]でシーズンを終えた。

2005年規定投球回以上を投げた。

2006年開幕前の3月に第1回WBCベネズエラ代表に選出された[4]

シーズンでは5月15日トミー・ジョン手術を受けシーズンを終え[5]、5試合にしか登板できなかった。

ブルージェイズ時代

2007年1月30日トロント・ブルージェイズと契約したが[2]、8試合に登板し、防御率10.97の成績で、球団は7月9日に解雇した[2]

パイレーツ傘下時代

2007年8月10日ピッツバーグ・パイレーツと契約した。

オリオールズ時代

2007年9月9日ボルチモア・オリオールズが獲得[2]。その後5試合に登板し、防御率9.49と不振だった。

ヤンキース、ロッキーズ傘下時代

2008年は、ニューヨーク・ヤンキースとコロラド・ロッキーズのマイナーチームに所属。

台湾球界時代

2009年開幕前の3月に第2回WBCのベネズエラ代表に選出された[6]

シーズンでは、台湾中華職業棒球大聯盟La Newベアーズでプレーした。

メキシカンリーグ時代

2009年のシーズン途中に、リーガ・メヒカーナ・デ・ベイスボルモンテレイ・サルタンズと契約を結び16試合に登板した。オフに、退団した。

2010年は、チワワ・ドラドスで8試合に登板した。球団は、この年限りで解散となった。

プレースタイル

とてもコンパクトな腕の振りで打者を幻惑する[7]。ピンチでは集中力を失う傾向があり、走者への牽制は上手ではない[7]

球種は91〜92マイルのストレートスライダーサークルチェンジ[7]。速球はとても重く、右打者の手元へ食い込むように沈ませて投げるが、この球でストライクを取るのが苦手なこともあり、先発へ転向する大きな要因となった[7]

スライダーの変化はとても鋭く、球離れの位置を変えることで曲がりの大きさと変化を調整し、打者の手元で変化させている[7]。サークルチェンジはとてもキレがあり、時々スプリッターに見えるほど沈む[7]

詳細情報

年度別投手成績

さらに見る 年 度, 球 団 ...




















































W
H
I
P
2001 TB 3600006225.75021251.13861803584021183.161.09
2002 42110008816.500519114.01201568547310077705.531.65
2003 3428101121001.545836188.11652110622013215397884.211.44
2004 23220009701.563588128.010713962161095068634.431.59
NYM 3300020001.0006214.01206001410963.861.29
'04計 262500011701.611650142.0119131022161236077694.371.56
2005 312700071200.368748166.117012772151128285774.171.48
2006 550001200.3339721.12551100151016166.751.69
2007 TOR 820000200.0006210.22051121510131310.972.91
BAL 520000100.0006312.11211104111013139.491.86
'07計 1340000300.00012523.032622251620262610.172.35
2009 La New 550001200.33313226.2421805152126165.401.87
MLB:7年 1871001014544313.5063187706.16697840413635294653993644.641.52
CPBL:1年 550001200.33313226.2421805152126165.401.87
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  • 各年度の太字はリーグ最高

背番号

  • 60(2001年 - 2002年)
  • 47(2003年 - 2004年)
  • 38(2004年 - 2006年)
  • 31(2007年 - 同年途中)
  • 41(2007年途中 - 同年終了)
  • 32(2009年)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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