ビジャ・クレスポ
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| ビジャ・クレスポ Villa Crespo | |||
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| 位置 | |||
| 行政 | |||
| 国 | |||
| 自治市 | ブエノスアイレス | ||
| コムーナ | C15 | ||
| 地区(バリオ) | ビジャ・クレスポ | ||
| 地理 | |||
| 面積 | |||
| 地区(バリオ)域 | 3.8 km2 | ||
| 人口 | |||
| 人口 | (2001年現在) | ||
| 地区(バリオ)域 | 89,859人 | ||
| 人口密度 | 23,235人/km2 | ||
| その他 | |||
| 等時帯 | ART (UTC-3) | ||
| 郵便番号 | |||
ビジャ・クレスポ(Villa Crespo)は、アルゼンチンの首都ブエノスアイレス自治市の中央部にある地区(バリオ)である。コムーナ15に属している。2001年の調査による人口は89,859人であり[1]、人口密度は23,235人/km2である[1]。中流階級住民が多い地区である。
歴史
地区は1888年設立の国立靴工場を中心に成長した。最初はサン・ベルナルド(San Bernardo)地区という名称であり、その後、ブエノスアイレスのアントニオ・F・クレスポ市長に因んで現在の地区名に変更された。1894年4月11日、市民にベルナルド教会が開かれた。ビジャ・クレスポ地区にはいくつかの集合住宅があり、パローマ集合住宅がもっとも有名である。ビジャ・クレスポ地区は伝統的にユダヤ人コミュニティと結び付けられている。いくつかのシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝堂)やヘブライ語学校があり、若者運動が行なわれている。しかし、1930年代まで、ユダヤ人のアルゼンチンへの移民は最小限に抑えられており、その年代までは農業植民や他の農村活動がほとんどだった。実際、ブエノスアイレスの他地区と同様に、ビジャ・クレスポ地区は異なる民族が混合して住んでいる。1980年代まで、スカラブリーニ・オルティス通り(旧カンニング通り)は衣料品商業の中心地だったが、長年に渡って力強さを失っている。2001年に公開された映画『ボリビア』はビジャ・クレスポ地区で撮影された。