ビジャ・プエイレドン
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| ビジャ・プエイレドン Villa Pueyrredon | |||
|---|---|---|---|
アレム広場 | |||
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| 位置 | |||
| 行政 | |||
| 国 | |||
| 自治市 | ブエノスアイレス | ||
| コムーナ | C12 | ||
| 地区(バリオ) | ビジャ・プエイレドン | ||
| 地理 | |||
| 面積 | |||
| 地区(バリオ)域 | 3.7 km2 | ||
| 人口 | |||
| 人口 | (2001年現在) | ||
| 地区(バリオ)域 | 40,325人 | ||
| 人口密度 | 11,000人/km2 | ||
| その他 | |||
| 等時帯 | ART (UTC-3) | ||
| 郵便番号 | |||
ビジャ・プエイレドン(Villa Pueyrredon)は、アルゼンチンの首都ブエノスアイレス自治市の北西部にある地区(バリオ)である。コムーナ12に属しており、2001年の調査での人口は40,325人である。
中流階級の住民が多い地区である。地区内の通りはほぼ完全に格子状になっており、多くの広場や公園に囲まれている。ビジャ・ウルキーサ地区、ビジャ・デボート地区、アグロノミア地区と隣接している。コンスティトゥエンテス通り、デル・カリル通り、グラル・パス通りが他地区との境界である。鉄道路線のミトレ線がブエノスアイレス自治市の中心業務地区(CBD)にあるレティーロ駅とプエイレドン地区を結んでいる。
かつての地区の名称は中央アルゼンチン鉄道(今日のミトレ将軍鉄道・ミトレ線の一部)の「km14」駅に由来している[1]。1907年、輝かしい功績を挙げたフアン・マルティン・デ・プエイレドン准将に敬意を表して地区の名称がプエイレドンに変更され、1923年には地区名称と同名のビジャ・プエイレドン駅が完成した。この地区は特にイタリア系とスペイン系、またレバノン系などのヨーロッパ系移民によって設立された。彼らはみな19世紀後半から20世紀初頭に地区にやってきて、ラテンアメリカでもっとも重要な「偉大な鉄道計画」に携わった。これらの移民によって多彩な中小企業が数多く設立され、地区に大きな特徴と民族的多様性を与えた。