ビジャ・デボート
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歴史
地区の名称は、かつてこの地域の大部分を所有していたアントニオ・デボート伯爵に由来する。デボートはブエノスアイレスのエリートのひとりであり、第一次世界大戦中にイタリアを支援したことで、1916年にヴィットーリオ・エマヌエーレ3世(イタリア王国第3代国王)から伯爵(Count)の称号を与えられた。1910年代初頭、デボートはデボート宮殿と呼ばれるブエノスアイレスでも最大級の大邸宅を所有しており、ウンベルト1世(イタリア王国第2代国王)がブエノスアイレスを訪れた際にはデボート宮殿に滞在した。この邸宅はイタリア人建築家のフアン・アントニオ・ブスチアッツォによって建てられ、1万m2をも占有した。邸宅にはイタリアで鍛造された金細工品に彩られた青銅、銀、金などや、フィレンツェ製のモザイクなどが飾られた。伯爵の称号を与えられてから数ヶ月後の1916年、ブスチアッツォの仕事が終わる前にデボートは死去した。彼は子孫を残しておらず、彼の遺骨はビジャ・デボート地区にあるサン・アントニオ・デ・パドゥア教会堂に安置された。